こんにちは。

以前にブログをやっていた頃から今までに
色々な物を捨てました。

断捨離というやつです。

・過去の恋人絡みの品々
一定期間活用されなかった品物、もはや思い出記念とさえも機能しなかった物。
思い出や記念の物って、それに触れる事で当時得られていた自分にとって大切な現象を引き出してくれる物を指します。それを見て少しでも胸が痛んだり…ネガティブな気持ちになる物は私にとって不要な物だと判断しました。物でしか引き出せない教訓も今は私にとっては不要です。

・機能用途が被っている物。
食器類が主ですかね。一つでコップにもなるしお椀としても簡単なお皿にもなる。特に用途別に持っておく必要も無いかな。気がついたら一番使っている物だけを残して破棄しました。

・冷蔵庫の中身
多少期限の過ぎた物から、まだ使える物保存がきくものまで、ごちゃごちゃに。
たぶん、腐るまでそのままです。
思い切って全て袋にまとめ、ゴミに出しました。

・ほころんだ衣類
多少痛んだもの。部屋着にと保管されていた全く着ないシャツやパンツが、結構な量あったので…
捨てました。気がついたら家にいる時であってもラフな格好をするにしても、状態の良い綺麗なラフな服から先に着ているわけですから…そりゃほころんだ服が活躍できるわけがないです。

・ずっと放置してた山積みの雑誌や本
これは…論外か。うん捨てる捨てる。

・人間関係
今やりたくない事や自分に無理を強いると判断した事。これを丁重にお断りをするようになった結果、以前に比べて自分の周囲にいる人の数が減りました。
これは捨てたというのは、ちょっと違う気がしますが。私自身が無理をしなくなった結果、必然的に以前よりも距離が開いたというのが正しいと思います。絶縁とかたいそうな事ではないです。
今の距離感に対する執着を捨てたという事でしょうか。お互いにとってwin-winとまでは行かなくてもマイナスにはなっていないと思います。

時に、それでも寂しさを感じる事もあります。
全く不必要ではなく少なくともその頃の私にとっては「大切なもの」だったわけですから。
失ってしまった感は完全には拭えていないのが本音です。また一度離れてみて、やっぱり必要だったと気づく事もあります。
そうなれば物は再度購入すれば良いし、人にはまた連絡を取れば良いでしょう。恋人などはちょっと難しいでしょうけど。でもそれって停滞を選択している気がするんですよね。もし必要なのであれば選択すれば良いです。

ですが、それでも同じくらいに入ってくる新しさも感じています。
新しいものを得るには何かを捨てる必要がある、という言葉をどこかで頂きました。
新しく得るものの大きさと、その際に捨てるものの大きさも、ある程度比例しているような気もしますが新しく得るものについては常に前に進んでいる気持ちになれます。

あと、必ず失われたスペースには
自分が何するでもなく、何かが入ってくるようにできている。のではないか?と思います。

大事に使っていたテレビを失うと
当時ではあり得なかった破格で高スペックなテレビが買えたりします。それぐらい周りは目まぐるしく変化し続けてたりします。

大切な人を失うと
もっと自分にとって大切な人との出会いが近かったり…
それまでに費やしてきた、そしてこれから先も費やす事になっていたであろう時間や資金、力といった資源を、何か別の事へ向けるべき時が来たのかもしれないですね。形は変わるかもしれませんが。


まとめ

何かを失うという事は
その時既に、もっと大事な代わりのものを得る準備に入ってるという事なのだと、最近になって思うようになりました。

今まで私を充実させてくれたもの達に感謝を込めて。今までありがとうございました。と。

もちろん今日も行ってません☆