ゴミのポイ捨てをしなくなった。
誰かが捨てたゴミは必ず誰かが拾わなければならない事を知った。というか街頭清掃かな?拾っている人達がやたらと視界に入ってくるようになった。それ見たらさ、とてもじゃない。捨てられねぇよな…。

レジでは列の最後尾を探すようになった。
誰もが順番というルールを守って成り立っている事を考えられるようになった。見ろよ…小学生の男の子でさえ順番を守る事を知ってる。
俺の4分の1しか生きていないヤツでさえこんな立派な事を体現できているんだよ。

他人に対して「ありがとう」が言えるようになった。
気遣いもサービスも心配も全部タダじゃない事を思い知った。他人である俺にそこまでしてくれるとか…奇跡だろう。
家族とかならまだしもさ…。なかなか無い事だよ。「有り」「難い」事なんだよな〜…。

嘘が激減した。
一切つかなくなったっていうと、それがもう嘘になる。
ただ、激減した。塗り固めて体裁を取り繕うような嘘はゼロにはなったと思う。
嘘をつく方が、なんか疲れる…。真実を語ればそこで終わる。完結する。んで胸を張っていられる。他人にも、自分にも。

時間前に約束の場所に着くようになった。
1分〜2分の遅れで失う信用が思った以上に巨大だという事を知った。だって相手の人生の時間を奪ってるんだもんな。
詐欺罪だよな。極論言うと。

お金の価値が変わった。
手元に3万円しかない→3万円もある。
1時間か…良くて2時間しか潰せない→普通に旅行に行けちゃうわ。ヒトカラ何回行けると思うねん!まったく!
同じ「3万円無くす」んだったら後輩にパァーっと飯でも奢るわ!いや、ちょっと言い過ぎ。3万円はちょっと無理。そこは財布と相談させてくれな。

物欲が無くなった。
…と言うより無駄な買い物ってのが正確かな…
パチ打っていた時の方が、あれもこれも欲しかった気がする。役に立たないようなものから…変にブランドにこだわるというか…格好を気にするというか…お金は無いくせにな。

バスの支払いでモタつくおばあさんに「ったく…モタモタしてんじゃねーよ!!」とか思わなくなった。
つーか、おいおい降り口ステップ遠いぞ?大丈夫かよ?といらん心配さえしてしまう始末。
直後おばあさん、軽快にサクッと下車をこなすっていうね。やるじゃんばあちゃん!



とか、まだ色々あるけど

パチをやめてから自分の身に起こった変化。



なんだ。

なんか、すんげー「普通」の事だな。

つか思い返すと…正直

俺ってつくづく、ガチでクズだったんだな…。


別に

パチのせいで全部がそうだったとは言わんけど

やめてから起こった変化ってのだけは事実。


今も

行きたい気持ちになる事もある。

つか、毎日なってる。


直感だけど、また行き出すと、

起こった変化が全部元に戻るんだろうなって

そういう自信がある。


パチに嵌っている時は理性が死んでしまうから。

やめてから起きた変化というけれど

俺は、完全にクソの自分が生まれ変わったとは

さらさら思っていない。

心のどっかに、卑しさとか腹黒さや自己中さ

ぜーんぜん変わっちゃいない。

理性っていう、ダークな自分とは逆の自分が

勢力を拡大して打ち勝っている状態なんだと。


だからきっと、打ちに行くと

理性はどんどん押されて、勢力を無くしてしまうんだろうなって思う。


禁パチはずっと、自分がこう有りたいって思う

理性の自分にエネルギーを注ぎ続ける

そういう事だと思えて仕方がない。


なんだかんだ言って

クズな自分も、俺自身なわけでさ

案外嫌いじゃないんだけどね。


嫌いじゃ無いから認めてるんだよ。

でもお前の出番は今じゃ無いよって。




今日一日を人間らしく。