朝、夜勤終わり、車に向かうと

ぬこ!しかも4匹!
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誰も周りに居ない事を確認し

座って「おいで~」と、呼んだら

2匹のぬこたんが

俺の足をすりすり。
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いゃー 可愛いなぁと思い

戯れてたら

急に向こうへ!?

そしたらなんと

俺の目の前で

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ちゅっちゅっラブラブ



俺の必死の呼びかけにも目もくれず
汗

何も無かったかのように

ぬこは帰りました得意げ

iPhoneからの投稿
夜勤中に

書き物をしてたら

地鳴りと揺れを感じ

避難命令が出たので

近くにいた女の子に

地震だから避難してって

言っても、

笑ってるんで

置いて逃げました。

そんな俺は

いけませんか?

(・ω・)/イェイ

iPhoneからの投稿

あれから1年が経ちました。

あっというまの1年でした。

自分は茨城県の古河市に住んで居ますが

あのときの、3月11日は

ちょうど夜勤の初日で午後1時ごろに

2階で就寝したとこでした。


時刻は午後2時46分頃。


強くて長い揺れを感じ、目が覚め

布団から起き上がり

今、何が起きてるのかよく解らなかった。

一人でヤバイヤバイって言って

ふらつきながら階段を下り

そこでようやく地震だと言う事に

気がつきました。


しかし揺れは激しくなり家具が動き

物は落下し、ただ事ではないと思い

急いで着替え外に逃げ出しました。


この地震は震度6弱だったのです。


外で非難するも、立っていられなく

周りの木が激しく揺れ

車は左右に大きく揺れ

窓ガラスがガタガタと激しく音を出し

数分はこの状態でした。


終わったかと思い

周囲を見渡し、家の中に入ったとたん

また、でかい余震が始まり

あわてて外に出ました。


この地震で今度は

テレビが倒れ、玄関の棚の上に置いてあった

香水20個がほぼ落下し割れて

室内もメチャクチャ。


玄関にはヒビが入り

まだ激しくゆれてましたが

隣におばさんが1人で住んでいて

心配になったためすぐに呼んで、一緒に

立ってました。


僕はずっとずっと、

頭の中で「もう、止まってくれ」と

延々言ってました。


嫁さん、子供2人いますが

子供は学校、嫁さんは仕事へ行ってるため

とっさ的に走って

3分位で着く小学校に

迎えに行きました。


子供たちは校庭で全員非難してました。

うちの子供はどこ?と

探し、顔を見た瞬間

とても安心しました。


僕はまだ、さっきの地震で体が震えているのを

必死にこらえ、こわばった顔を無理やり

笑顔で「大丈夫だから慌てないで安心して」と

言い聞かせて歩いて帰りました。


暫くして嫁さんも帰ってきました。


家族無事でよかったです。



その後の数日間は

ガソリンも入れるのに大渋滞


やっと入れられても5リッターとか


スーパーに行っても

食料品の売り切れ続出。


かなり被害を受けた被災地のほうでは

こんなものではない状況だったと思います。




あれから電気や水などの資源に対する

大切さがよく解りました。


今もこうして震災前の生活に戻って

いられるのがとても幸せに思えます。


しかし、数年後に都心で直下型の地震が

有るという情報ですよね。


ここ、古河市も前回と同じ位の地震が起こりえると

思います。



今後の地震に備えて

よく家族と話し合い、災害を少しでも

少なく抑えるよう改めて考えるようになりました。


地震大国と言われた日本ですが

まさか、自分の住んでいるとこに

震度6が来るなんて、と

夢にも思わなかったです。



これから先、何が起きるかは

解りませんが

3月11日の事は一生、忘れられないでしょう。


今日はあのときを

思い出させる1日でした。