一度目に逮捕され、執行猶予になった後、出てきてすぐに母親に電話をしました。
留置所にいたときから手紙は送って、事情も知っているし、きっと「すぐに帰ってきなさい」
って言ってくれるかと思いました。
でも 「あんたの帰る場所はない、あんたなんか死んでしまえばいい」
それを言われたまま、その後も適当に日雇いの仕事をしました。
そして受け取ったお金で、毎日パチンコに行くような生活をしていました。
それから2年後にまた逮捕されて、もちろん執行猶予も取り消しで、懲役刑。
その間、一切母親と連絡をとることもありませんでした。

刑務所暮らしが半年くらいになって、ダメもとで母親に刑務所いることと、自分の気持ちを手紙に書いて送りました。
それでも1ヶ月経っても、3ヶ月経っても母親から手紙は来ません。
自分が悪いから、仕方ない…

そう思って、手紙を送信してから半年後…
いつもの刑務作業中、まだ朝9時なのに突然
「おい、137番、面会だ。」
昨日、身元引受人と面会したばかりだし、その人以外と面会って誰だろう。
でも提出した、面会リストには、母親と父親の名前は書いた…
でも飛行機でないと来れないところに住んでるし、誰だろう…まさか。
とか思いながら、工場から面会室まで、多分5分くらい歩く…頭の中は、「誰?」でいっぱい。
面会室に入る寸前に、オヤジ(刑務官)、面会って誰?
ってきくと、「母親だよ」

ドアノブを回すときには、既に涙がとまりませんでした。
いつ来たのだろう。なんで来てくれたのだろう。
仕事はどうしたのだろう。いつも刑務作業しかしてないし、久しぶりに頭はフル回転…でも涙がとまりませんでした。
まともに目を合わせることもできません。でもずっと謝っていた記憶があります。
それでも、「あなたは私の子供なの、たとえ人を殺したとしても、あなたは私の子なんだよ」
そう言いながら、母親は泣いていました。生憎、透明の壁が邪魔して触れることもできませんでした。
母親を泣かせるなんて最低だ…

もう後悔しかありませんでした。
その後の受刑生活も、仕事が決まった報告とか、近況とか何度か手紙を送りました。

「後悔だけはしちゃいけない、好きなように生きなさい」それが母親の口癖で、小さい頃から言われてきました。

まだ母親は元気だけど、来年で定年退職です。

母親との面会は、今でも言葉になりません。