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音楽動画ここだけの話

音楽・動画鑑賞記録 

脚本:羽原大介 演出:錦織一清

 

以下、本作ストーリーのネタバレはなし。視聴感想と思ったこと。

(U-NEXT)

 

 

 

週1-2ペースで観劇していた頃もあったけれどコロナ流行ってからは生の舞台やコンサートは自粛の、配信動画三昧(主にドラマ)。U-NEXTで錦織さん演出作品があったので今回視聴。

 

まだニッキに目覚めていなかった頃も錦織演出作品は観劇したことがあったけれどその頃はニッキについて特に思いを馳せること自体がなかったので今回「錦織さんが演出した作品」として興味をひかれて観た。

 

まだニッキ初心者(3か月)のため錦織さんらしさというものがそんなにわかっているわけではないが、観劇は古典から現代までジャンル問わず幅広く見てきていた自分が個人的に印象に残った場面は実はフィナーレである。

 

 

劇が終盤にさしかかって、動画なのであと残り何分何秒と表示が出るのだが物語がもう終わりに近づいてるなと感じてからも最後の最後まで、しっかり集中力が切れずに見たい展開であった。むしろ全体を通して後半の、最後の最後に近づくほどしっかり作りこまれてあり内容が読めてきたからといって「あーもうこういうお話なのね」と気を抜くことがなかった。つまり最後の最後が面白かった。最後こそ!いちばん楽しめた。

 

 

そしてフィナーレが、とても美しかったのが印象的。

劇が終わって最後のキャスの挨拶ショー的なところがこれがニッキの演出力なのかしらとふと感じた場面。正直、宝塚歌劇団でもなく有名ミュージカルスターが多数出ているわけでもない東宝帝劇でもない、小さなミュージカルにおいて失礼ながらかなり美しくて驚いた。

 

 

また全体的にテンポがよく、しつこくなかったので、知らない話でも知らないキャストでも見追うことができた。ただ後半終盤の巧さ魅了感からいうと前半と半ばはもうちょっとレベルアップできるんじゃないのかなとも思ったけれど、後半終盤の魅力に全集中させるためにわざと抑え目にしているのかもしれない。

 

 

もう一つ良いと思ったのが休憩後の冒頭。舞台だと休憩で1回集中力が切れ、リセットもされるのだけど一回物語の世界から素に戻るわけだけど着席してすぐにすっと舞台に入れるようなそんな始まりだった。視覚的にも美しかった。

 

 

大がかりな舞台セットの入れ替えもしていないのにうまくシンプルな舞台機構を使って場面展開がされている点も個人的にはすごいなと思った。予算をかけた豪華なものであれば誰がやろうがそれなりにすごいものはできるけれど、シンプルな中でどう魅せるか、は腕が問われる。

 

 

キャストは歌がうまく、芝居も丁寧だったと思う。いわゆる「へたくそ」みたいな人はいなかったが、失礼ながら正直申し上げるとキャストに華がない。ここが難しいところだと思うが、舞台って知名度ある人がいれば集客と話題性はあがるけれど、舞台好きからするととにかくへたくそがいるのはいくら有名人や知名度があっても耐えがたいものがある。だから有名じゃなくてもそこはいいのだけれど、でも、「華」や「スター性」役者の引力や魅了する力が薄い舞台もこれまたちょっとつらいものがある。舞台は総合芸術だから演出にセットに衣装に照明に音楽にあらゆるものが欠かせないのでどれも大事でそしてそれぞれが補完しあうものではあるけれど。

 

 

 

ほんとに「華」とか「色気」というのはなんなんだろうね。

これは永遠の研究テーマ。

顔の造形やスタイルが占める割合も無視できないけれどそれだけじゃない気もするんだな。「へたくそ」なのは論外で、へたくそがいるとしらけるので技術力は一定以上を客として求める派ではあるが・・へたくそが味になって可愛いのは小学校の学芸会だけ。

 

 

ニッキのパフォーマンスに魅了されてる新規が何十年たっても出現するけど、彼の持つ華と色気ってほんといったいなんなんだろう。踊りが巧いダンサーや歌唱力のある人なんてほかにたくさんいると思うのね、でも数多くの中から「ニッキ」にうっとりしてしまう。演者も多数経験した演出家として、秘伝のたれを教えてはくれないのかしら。綺麗に見えるテクニックとか、そういうのはたくさん教えてくれそうだけど色気と華は伝授できないのか。まあ素材の問題もあるから誰もがというわけにはいかないけれど。

 

 

まあそれを言ってしまえば歌い踊ってないときのニッキにすら色気と華が漏れてるから天性のもの、素材ありき、としか言いようがないのかな・・。

 

 

桃子役の泉さんを見たときぱっと見、桜乃彩音の花組初演太王四神記を思い出した。特に似てるわけではないけれど、涼しい顔立ちと桃→岡山→彩音、とふと思い出したのだと思う。そして宝塚とほかの劇団の違い、宝塚スターの魅力の要素というものを考えた。宝塚は衣装やショーに劇場の雰囲気に世界観にかなり演者を補正する要素が詰まった激しめの総合芸術である。よって東京宝塚劇場と全ツで見るのとでは陶酔感が異なる。そして好きなスターが魅惑してくれるときの恍惚感は半端ないし、舞台補完要素に匹敵するそれだけ魅了させるようなスターが見つけやすい幸せもあるけれど、好きなスターが途切れるとなんだか観劇の魅力も薄まってしまうから不思議。それでも後半のショーでこれでもかと満足感を強制的に高めてくれるシステムがあるから贔屓(最近の言葉でいうと推し?)がいなくても少しはどうにかなる。しかし退団後、外部公演に出るとときめきのスターですら、「・・あれ?こんなだったかな」って思うのは宝塚マジックが消えるからかもしれない。男から女になったからという理由だけではない。いかに宝塚歌劇が演者以外のパワー多めで盛り立てていたのかを痛感する瞬間。多人数による合唱のパワーといい、宝塚の仕掛けは役者や作品を盛り立てる補正要素が多い。お客様もとにかくジェンヌ寄りなので乗るところあらかじめ身についてる集団に、周囲もあわせるから手拍子から笑いからわりと双方向性が確立される。

 

 

今回動画見ていて思ったのが、笑い要素も随所に入れて役者も頑張っているのにそこまで客席が盛り上がっていなかったこと。客入りが少ない日に動画撮りしたのか、カットしたのかわからないけど後半になって少し客席の笑いが感じられたけど前半なんてなんか笑い声あまり聞こえなくて、これ始まる前に「面白いと思ったらじゃんじゃん声に出して笑って楽しんでください」って前説でも入れたほうがいいんじゃないかと思ったほど。笑っちゃいけない声だしちゃいけないって思うまじめな観客が多かったのか・・・

 

 

客席の温まり方については、宝塚やジャニーズや松竹歌舞伎などファンにどっぷり支えられているところとは本当に違うから気の毒ではある。

 

 

劇団四季で一時期、当日までキャストを発表しないということをやっていた。演目主義で、主演級の配役についてもある程度の予想はできても当日になるまで誰なのかがわからないシステムがあった。主演級が複数キャストの場合、リピートしてる場合は全員を見て比較したい気持ちもあるけれどやはり特定の役者の強い魅力に魅せられたい場合はこれじゃ全然満足感が異なってしまう。だいたいお金払うのはこちらなのにアサリさんのいた頃の劇団四季の会報は偉そうな説教が多くて疲れるなあと思ったこともあった。演目主義は初見の人にとっては正直四季の役者の名前なんて知らないから何の問題もないかもしれないけど、ある程度四季見続けている人なら誰が良くて誰のが観たいって気持ちがある人も多いと思う。

 

 

「鬼の鎮魂歌」は長期公演で、キャストが時期によって変わりあらかじめ公表されているので、キャストによる違いも楽しめるようだ。それによって作品の内容そのものがより際立つ。

 

 

舞台観劇は生の臨場感、役者の息遣いや音響、光や暗闇に包まれるなど体験してこそその良さがもちろん高いけれど今回動画配信の利点もあるのだと知った。ほんの少し興味あるだけで気軽に低料金で楽しめる。加齢して視力下がってきて気づいたけれど観劇ってするほうも体力がいる。何より前の日ちゃんと寝ないといけないし。長時間座っているのと席の位置によって見にくいとストレスになる。動画配信だとそこが解決されるのでより気軽に見る気になれる。DVDやブルーレイは「好きな作品」や「好きな人」を何度も見るために欲しいわけだから、気軽な気持ちでは買えないからこのように動画配信があるとうれしい。そしてまた劇場に行きたくなった。観劇したい!