あるはずのない台詞 | プリズム堂

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日常に、ちょいスピを

それは確かに、

あったはずなのだ。
作業をしながらついていたテレビ、

映画が流れている。
作業の合間に少し気をとられたり、

待ち時間に眺めたり。

だからさ、
確かにはっきりと聞いたはずなのに、

他の人に聞いたら、

「そんな台詞あったっけ?」

と。

いやいやこれだよ。
確かにね、ながらでしたよ?
でもね?
観てたら台詞は入ってくるものじゃない?

はい、せれ、映画大好き、演劇大好き、
真面目に通しで観たら大概覚えます。

ま、でもね?
今回作業中だし、

うん、仕方ないねと思っていたら、

なんの偶然にか、

翌日また同じ映画に行き合うことになる。
そこでゾッとした。

ないの。

なくなってるの。
私が聞いたその台詞。

その直前のもその直後のものみんな寸部違わず覚えてるものと同じなのに、

そここだけすっぽりなくなっている。

あれ?
なんで?

こうなると納得いかず字幕も吹き替えも両方最初から観てみる。

ちなみに最初に流されていたものも、
翌日偶数流されたものも、

吹き替え。

吹き替えは時に翻訳で台詞が変わることも多々ある。
だとして全くすっぽりとその一文なくなるものなのか?
つまり確認で観たときには三度目。
やはりない。

そして普段字幕対応を自分ではチョイスするので、

最初から原語で聞きながら同じ映画をもう一度確認した。
確かに、

私にだけ届けられた言葉に当たる原語はない。



まさかのメッセージとか。
こういう形で挟み込まれてくる。

同じものを見ていて、
私にだけワンシーン多いようなものだ。

守護者のいたずらというのではないが、

またこの映画が宗教を題材にした映画だったものだから、非常にとけ込んでいた。
そう、その台詞がその中に紛れてもなんの違和感も発動されないような、そんな台詞だった。

無理に神と人とを分ける必要はない。
人が人を正しき方向へと導き、その人の人生を変えられるほどの力を持てば、まさにその人間は相手にとっては神にも等しい存在であるだろう。

間違ってほしくないのはこの言葉は一介の人間が自身を神と名乗り崇めよということではない←これただのニセ予言者だからね(笑)

寧ろその逆だ、
人に生まれていても、

人は時に誰かの守護天使や、
神のような使命を与えられ、
そして全うできた暁には、
その相手にとっては結果的に神にも等しい恩恵を与えることができるのだ。

これはうちのミカたちが元々教えてくれていて、

愛をもって人に尽くすその人は地上天使なのだよ、と。

年のはじめから、
改めて不思議なことでアピールしてくるよね~(笑)