私は名刺、ステッカー、チラシ、冊子、懸垂幕など印刷物と販促物を韓国で製造して日本に販売しています。
www.adprint.jp です。
前に、宅配段ボールを韓国で製造して日本に販売していました。
www.danboru.netです。
両方とも相当なビジネスです。 両方とも海外に輸出するのは本当に大変です。
宅配段ボールは、サイズがとても大きいです。さらに販売単価が低いです。
このように単価が低く、サイズが大きな段ボールを韓国で製造し、日本に売るというのは考えただけでも悩みの種です。
印刷物も同じです。印刷物は、既製品にはなりません。
すべてがオーダーメードです。クレームが来ても、その気になれば印刷物は100%クレームに引っかかります。
私は扱いの非常に難しい二つの製品を輸出しました。
理由は、私が技術や資本が何もなかったため、国内では何もすることができなかったからです。
私はいろいろな理由でお金を稼ぎませんでした。40歳過ぎてからやっと、仕方なくお金を稼ぐことになりました。当然、技術もありませんでした。資本もありませんでした。
特別なアイテムもありませんでした。
もうすこし正直に話すと、できることが何もありませんでした。
私のような人間に切実なのは、私だけのアイテムでした。
もしかしたら、私くらいの基準で商売をする多くの人は、私だけのアイテムでしている人かもしれません。
私だけが扱える、アイテム!
本当に夢のような話しです。
私だけが扱えるアイテムが重要なため、商標登録が特に重要視されるのです。
技術も資本もない私としては、そんなアイテムがありませんでした。
なので、競争力を備えるには扱いにくい商品を輸出するのが、それでも挑戦できることだったのかもしれません。
名もない私が、国内で宅配段ボールを持ってきて、国内販売するのはまったく勝負になりませんでした。そして、私自身もやりたくありませんでした。
同じように、国内工場に印刷物を発注して販売するというのも、ビジネスとしてはまったく成立しません。競争力がありません。
輸出はそれでもまだいいほうです。
しかし輸出といっても、服や帽子のような既製品は誰でもできます。
誰でもできることは、利潤を均等化する法則(総資本に対する利潤の比率)に従い
すぐに特別利潤が消滅してしまいます。
もちろん、一つの国から別の国に輸出するのは、誰でもできることではありません。
国境を超えることは、いくら現代社会でも国内活動をするよりはずっと難しいです。
しかし輸出輸入も、ネット、通信、交通が発達してアイテムを見つけることも簡単になりました。
これからは輸出、輸入販売だとしても、その強みが消えつつあります。
しかし、人が扱いにくいアイテムはまだまだ競争力があります。
今日はまず、宅配段ボールの話しを簡単にしようと思います。
私が2004年~2007年まで、CEOをしていた宅配段ボール販売サイトwww.danboru.net
は、今も日本のネット宅配段ボール販売分野では最上圏にあります。
宅配段ボールを日本に輸出して、販売する業者は多くありませんでした。
なぜなら先ほど話した通り、販売単価は低く、サイズは本当に大きく、取り扱いが非常に大変なアイテムだからです。
これは韓国で生産して販売することは、更に難しいということです。
宅配段ボールは一種類だけではありません。サイズもいろいろで、色もいろいろです。
そしてネット販売をする時は、販売数量も区別しなければなりません。
例えば、一番売れる1番の箱は、200×140×60サイズのE型溝(1.5mm)、180個一まとめを1つの商品として扱います。
1番の箱だけ買いたいとしたとき、180個の束を解き、50個だけを別途包装しなければならないので大変です。もちろん、そのように売るところもあります。
www.danboru.net では、そのようにはできませんでした。
www.danboru.net では販売単位を区別して、4~500種があり、それぞれ在庫が必要であり、倉庫も相当の広さが必要です。
この商品を、輸出して販売するのは非常に難しいです。
その当時、段ボールネットは韓国で生産し、1週間に2回毎、40フィートコンテナを使い輸出していました。
韓国でもすぐに大きな倉庫が必要になり、日本でも規模にあう倉庫が必要となりました。
当時、私は韓国で宅配段ボールを製造して、日本に販売するとした時、周囲は止めました。
止めた理由は、日本の顧客のニーズに合わせることは難しく、宅配段ボールは取り扱い自体が難しいとのことでした。すべて合っている話でした。
それでも私はそれを選択するしかありませんでした。
理由は、他の人が止めるほど難しいことだったからです。
サービス業運営経験も、資本も、技術もない私が選ぶことができる道だったからです。
宅配段ボール輸出販売業は、成功しました。最初は小さな倉庫からスタートし、販売数が増えるごとに倉庫を拡大し、商品も増やすことができました。
私はアイテムの勝利だったと言いたいです。
まず、韓国では生産していたため、とても安かったです。
品質は管理の問題であるため、管理さえちゃんとすれば十分にいい商品を作ることができました。
実際、安くて良ければ売ることができます。
安くて良いものも、売れなければどんなものでも売ることができません。
韓国で生産して日本で販売する方式は、やはり魅力があります。
この文章を書きながら、いつも心配になります。やはり、私だけの経験談だからです。
誰でも輸出をすることはできません。そして、国内で生産して国内に販売し、成功する人も多いです。なので、この文章は私だけの経験談でしかありません。
ただ、私は私の経験を分かち合いながら、別の方向から接点を結ぶ方法を練習することがもっと大事だと感じます。
そして、私がこの文章を書くことは、私と関連している人たちとの経験を分かち合う過程だとも思います。
この文章を読んでくれている日本の皆さんの立場からは、韓国で生産して日本に販売することを考えている過程を確認することであるかもしれないし、または日本で生産して中国に販売することを検討している過程でもあるかもしれないと思います。
この文章を書いている私は韓国にいます。日本では大阪に法人事務所があり、東京新宿には
大阪法人事務所の東京営業所があります。