ヨメナ飯　　2023/10/21

　2023/10/15の観察会は宇美町の昭和の森から砥石山へ登るルートで実施された。標高300ｍのところから450ｍ付近まで歩いた。野草に関してはほとんど知識がないわたしである。知っている野草の名前を聞いて喜ぶ態のいってみればビギナーそのものである。

沢の藪の中、ツリフネソウの向こうにノコンギクが咲いていた。野村さんが

「これはノコンギクですね。これとよく似ている野菊の仲間にヨメナがあります。春の若葉を摘んで炊き立てのご飯に混ぜると、彩りと香りがあって美味しいですよ。わが国では万葉の頃から食べられています。そのまま天ぷらにしても美味しいですね」

　この解説にわたしの思考は「嫁菜飯」一色に染まった。杉田久女に嫁菜飯の句がある。うすみどり色に染まった炊き込みご飯の句がある。来客があって、これというごちそうも出せないから、せめて嫁菜飯でもてなしたという解説を読んだことがある。しかし、中々思い出せない。　

　ちょうど丹生さんがiPhoneのタブレットで赤いツリフネソウの写真を撮っていた。後ろから覗いたら人間の目より鮮やかにとらえている。その陰に薄紫のノコンギクが咲いていた。

　「そのツリフネソウの陰に写っているノコンギクの写真、メールで送ってもらえませんか」

と頼んだ。翌日、丹生さんから赤いツリフネソウの写真が送られてきた。一緒に「嫁菜飯の句をSNSで見つけましたよ」と書いてあった。

　『炊き上げてうすき緑や嫁菜飯』

これ、これである。わたしは太宰府に住んでいるから久女には格別の愛着がある。最期は県立太宰府病院で亡くなっている。精神科の病院である。今でいうところの統合失調症というヤツであろうか。　

　杉田久女は英彦山で詠んだ『谺して山ほととぎすほしいまま』が特に有名である。虚子が激賞した句である。この「谺して」の句碑は、英彦山の奉幣殿まで登りきったところの右手の灌木の中にひっそり立っている。

ところで、ホトトギスの鳴き声は「ピィーピピピィー」と小さく鳴くだけである。ウグイスの声よりも小さい。英彦山の杉の林間に響きわたるような鳴き声ではない。久女が聞いたのはおそらく「カッコウ」であろうと思う。カッコウならこだまするように響く。しかし、「郭公」ではサマにならない。そこで、「山ほととぎす」と入れ替えた。

　昔、熊本の「詩と真実」の同人だった頃、久女の句『花衣ぬぐやまつわる紐いろいろ』で場がにぎわったことがある。その時わたしが

　「逢引のあわただしさの様子が想像できますね」

　と述べたら

　「なんちゅうことを言うの。まったく詩心がない人ね」

　と、女どもから総スカンを喰らったことがある。

　しかし、そう言ったのには訳がある。久女の話になるとわたしはこの時のことをすぐ思い出す。この話の前に、わたしは吉本隆明の女との逢引の話を何かで読んでいたのである。その吉本が

　「朝ね、品川駅で女と別れる時ね、耳元で『きのうのあんたはよかったよ』と言ったんだ。そしたら『あんたのあそこもよかったよ』と女が小声で返してくれた。いろいろ作品を書いて褒められてきたけど、この時ほど嬉しかったことはないね」

　と述懐しているのを読んでいた。だから、それが頭にあって、「花衣」の話になった時、つい口走ってしまった。もちろん、この句が娘晶子の晴れ着を脱ぐ様子を見ての作句であることは承知していたさ。戦前である。逢引に旅館を使うとしても、そんな目立つ花衣を着てしのぶ訳がない。不倫の恋である。夏の頃であれば絽の薄絹であろうか。

　話が逸れてしまった。「嫁菜飯」である。SNSで調べたらいろいろあった。春先に若葉を摘むのが肝心であるとのことである。「cookpad」と東京八条島の人の「嫁菜飯」の紹介を読んだ。以下はcookpadからの作り方である。

　① 米2合を洗って水を入れ、30分置きます。タケノコは2~3㎝の薄切りにし、調味料に漬け込みます。

　② タケノコを調味料ごと米に入れ、炊きます。

　③ 嫁菜は多めの塩で茹でて、５分くらい冷水でさらし、適当な大きさに切って味付けします。嫁菜70~100ｇを薄口醤油と酒と味醂で味付けしておく。

　④ ご飯が炊きあがったら、あとから嫁菜を彩りよく混ぜてできあがり。

写真はcookpadから

　写真にあるような「嫁菜飯」なら是が非でも食ってみたい。手慣れた人なら簡単に作れるのであろうか。女房に作ってくれと言ったらどう反応するだろうか。

　「あの世では声かけないで出会っても」

　というような女である。

　春になるまでに、ノコンギクとヨメナが見分けられるように今から勉強しておかなくちゃならない。そして、自分で作るしかない。ここまできたら、何がなんでも死ぬまでに一度食っておきたいから。（大和正典lamerwind5004858@csf.ne.jp）