このたび、父の逝去に対して皆さまから多くのお言葉をいただきましたこと、この場を借りて御礼申し上げます。本当にありがとうございました。本来はお一人お一人にお言葉をお返しすべきですがこうしてまとめてお返しする非礼をお許しくださいませ。あの日、7月31日午後2時少し前。千葉に行っていた娘から電話があり「おじいちゃんの心臓が弱ってきた、急ぎ病院に来てほしいと医師から電話があった」とあり仕事をほっぽり出して駆けつけました。JRの最寄り駅について電車に乗り、その電車が四谷についたころ、病院に先に着いていた娘からメールで「14時40分臨終」を知らされました。16時ころ病院につき父が安置されている部屋に着くとまるで眠っているような安らかな顔で父はベッドの中にいました。呼べどももう、声の届かぬところへと父は逝ってしまいました。生きてるときはあれこれ文句を言ったこともありましたが、いなくなって初めて文句が言えた時が花だったなあと思い知らされました。その後父を斎場に安置し、母と通夜葬儀の打ち合わせに奔走し、多くの人たちの手助けを以て無事通夜と葬儀を終えました。葬儀後のあいさつは私が任され、緊張の中であいさつをしました。いい経験になりました。火葬された父の骨は驚くことにほとんどしっかり残っていて顔面の骨もよく残っていました。筋力さえつけていればもっと歩けたのになあと思うと、「宝の持ち腐れ」という言葉が浮かんで・・・。父のあの立派な骨格はいい宝の持ち腐れのような気がしたことでした。あまりに骨の量が多いので壺に入りきるかしらんと思ったのですがそこはプロがなさること、しっかり父は骨壺に収まりました。今父は帰りたがっていた自宅の部屋に休んでおります。私の一番の思い出は、私が結婚して実家を離れて以後私が帰省の旅父はI駅の改札で待っていてくれました。父が遠くまで歩けなくなっても私は帰るたびに改札に父の姿を探してきた気がします。この先もきっと―ー私はここに帰るたび改札に父の姿を探すのでしょう。これを想うたび涙が新たに流れてしまいます。泣くまいと思っておりましたがどうもいけません。弱き心をお笑いください。私はまだ実家に居ります。まだまだせねばならない手続等あり、母一人では心もとないので。この先を想うとき心ふさがることの多い私ですが頑張ってゆこうと思います。暑さ厳しき折から皆様にはくれぐれも御身大切にお過ごしくださいませ。取り急ぎ近況報告まで。
見張りんの「大和の国は桜花爛漫」
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