さっき、部屋をちょっと片付けていたら、3年前に書いた「メモ書き」を見つけました!
そこには、こんな風に書かれていました。
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ある大学でこんな授業があった。
「クイズの時間だ」
教授はそう言って大きな壺をとり出し教壇に置いた。
その壺に、教授はひとつひとつ石を詰めた。
壺がいっぱいになるまで石を詰めて教授は学生に聞いた。
「この壺は満杯か?」
教室中の学生が「はい」と答えた。
「本当に?」
教授はそういいながら、教壇の下からバケツいっぱいの砂利を取り出し
壺の中に流し込み石と石の間を砂利で埋めてゆく。
そしてもう一度、教授は聞いた。「この壺は満杯か?」
学生は答えられない。
ひとりの学生が「多分違うだろう」と答えた。
教授は「そうだ!」と笑い、
今度は教壇の下から、砂利より、もっと細かい砂の入ったバケツをとり出し、
それを石と砂利の隙間に流し込んだ後、
3度目の質問を投げかけた。
「この壺はこれで満杯になったか?」
学生は声をそろえて
「いいえ」と答えた。
教授は今度は、水差しをとり出し水を壺のふちまでなみなみと注いだ。
そして
「僕が何を言いたいか、わかるか?」
と教授は言った。
ひとりの学生が手を上げた。
「どんなにスケジュールが忙しい時でも。
最大限の努力をすれば、
いつも予定を詰め込むことが可能ということですか?」
「それは違う」と教授。
「どんなにお腹がいっぱいでも、
食後のバニラアイスは食べれるぜ!ってことですか?」
「それは全然違う、というか廊下に立ってなさい」と教授。
「重要なポイントはそこにはないんだよ。
この例が私たちに示してくれている真実は……
大きな石を先に入れない限り、
それが入る余地は、そのあと二度とないということだ。
『私たちの人生にとって、大きな石とはなんだろうか?』
それは仕事であったり、志であったり、愛する人であったり、
家族であったり、自分の夢であったり。
ここで言う大きな石とは君たちにとって一番大切なものだ。
それを最初に壺の中に入れなさい。
さもないと君たちは、それを永遠に失うことになる。
もし君たちが小さな砂利や砂、つまり自分にとって重要度の低い
ものから自分の壺を満たしたならば、君たちの人生は重要でない
何かで 満たされたものになるだろう。
そして大きな石、つまり自分にとって一番大切なものに割く
時間を失い、その結果、それ自体を失うだろう」
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当時、これをインターネットで見つけたのをルーズリーフに書きとめておいた
メモでした。
何も考えずに怖いもの知らず!?で生きていたあの頃。。。笑
あれからもう3年。
いい事も沢山あったし、かけがえのないものも得てきた気もします。
ただ、あれから弟を亡くし、職場の仲間も亡くし、とても大切なものを失ってきました。
だからってわけではないけど、最近は少しずつわかって来たような気がしています。
今の僕にとって大きな石は、家族とか仲間です。
これから結婚して、大きな石が一つ増え、
子供ができたら、またひとつ大きな石が、
孫とか出来ちゃって、大きな石がどんどん増えていくのかな。
これからも、まだまだ見つけなくてはいけない大きな石が
どこかにあると思っています。
あなたにとって大きな石は、なんですか?



