ある朝、どこを探してもなくて、西荻窪駅前の角にある立喰いソバに入ろうとして、つかつかと近づいた。
店ののれんをくぐろうとした瞬間、前のバス停のところに立っていた若者が、私の名を呼んで近づいてきた。
私には阿佐田哲也という別名があって、これは麻雀の神さまのようにいわれて、もちろん虚名であるが、ある種の若者たちの間で濃い関心を持たれている。
その若者も、サインと握手を求めてきた。
そうして、ここが凡人のあさはかさなのであるが、瞬間的に私は見栄をはり、ソバなどに無関心という顔つきで、腕時計を見、立喰いソバの店内の時計に合わせるふりをして、早々に立ち去った。

色川武大  練馬の冷やしワンタン


最近、RAGEという旨いラーメン屋に行くために、僕は初めて西荻窪駅に降り立った

確かその時、駅を出てすぐにソバ屋があったことをふと思い出した

まさか、あのソバ屋が…

ちょっと気になって調べてみると

僕が見たそのソバ屋は富士そばで

かなり昔からあるそう

というか西荻窪店は数ある富士そばのなかでも最古の店らしい

ちなみに色川先生が書いた練馬の冷やしワンタンのソバ屋のエピソードは

別著の三博四食五眠にも掲載されていて

実はこちらのほうが先に掲載で

その掲載時期は1973年頃

で、この頃

件の富士そば西荻窪店は

既に存在していたようで

これはひょっとして

色川先生の喰いたかった立喰いそばって

富士そばだったの?

って、いうことで

今日、西荻窪に行って、見てきました




ああ、色川先生がこの暖簾をくぐったんだ

と思ったら

今年、西荻窪店は改装されたんだとか

まぁ、わかりませんけどね

駅前で角にあるソバ屋はここだけみたいですけど、昔、ほかの角にもソバ屋があって、そこが閉店してたりしたら…

それにしても

ここが富士そばの最古店なのね

それだけでも来たかいがあったような

って、喰わないのね

西荻窪くんだりまでやって来て…


~練馬の冷やしワンタン  冒頭の続き

しかし、ソバを喰わないわけにはいかない。私はぶらぶら歩き、できるだけ大廻りをしてまた駅前に戻り、今度こそ脱兎のごとく、立喰いソバに駆けこもうとした。
バスがまだ来ないで、バス停の列の先頭に立って、くだんの若者が不思議そうに私を眺めていた。


くだんの若者が色川先生を眺めていたかもしれないバス停をソバ屋の近くに見つけた

僕は試しに、このバス停からくだんの立喰いソバ屋を眺めてみる

思いの外、少し遠いのだろうか

あのソバ屋の看板の大きな文字が

妙に滲んで、よく見えなかった