5回裏のカープの攻撃は、4番のニックから。増田の前にヒットはおろか、1人のランナーも出せていない。そろそろ焦りが出てくるのではないだろうか。
「増田投手はここまでパーフェクトピッチングです。4回までに早くも6奪三振と球威も備えていますね」
「4回まで47球と、球数はいつも通りです。ただ前の回から相手打線は揺さぶってきてますから、いかに対応するかですね」
落ち着いた口調のあるじだが、頭のなかは今後の展開を考え、熱くたぎっているはずだ。あるじなら、この場面はどのように攻めるのだろうか。近鉄バファローズの歴史に残る名捕手、梨田昌孝であれば、どのようなサインを発し、増田をリードするのだろうか。
(ストレート、ツーシーム、スライダー、カーブ、フォーク、チェンジアップ、シュート。メニューはたくさん揃えてるぞ。さあ、お前は何を望むんだ―)
初球は内角低めのストレート。当初からはずす目的だったのだろう。相変わらず、大野の構えたところと寸分違わずボールを投げるからだ。
「増田と大野のバッテリーは、内角と外角への投げ分けが身上です。このボールを見る限り、まだインコースの制球力は備えています」
2球目は低めにスライダー。見逃せばボールだが、ニックは打ちにいった。レフトに高く上がった打球にカープファンの歓声が沸くも、ポールから切れてファウル。
「右打者のあのコースは、打ってもファウルにしかなりませんね」
3球目は外角へのチェンジアップ。ニックがスイングするも、ボールは力ないサードゴロ。小谷野がさばいてワンナウト。今度こそはというバッターの力みを逆手にとった、大野の好リードだ。
5番の横山由は、とにかく球数を投げさせることを考えているようだ。初球の高めのストレートを見逃したことでそれが分かった。バッテリーはワンストライクのあと、3球連続でアウトコースを選択した。スライダー、カーブ、チェンジアップ。ツーツーとなったところで、あるじがバッテリーの狙いを解説した。
「このバッターはインコースが強いので、スカウティングに従って攻めていますね」
5球目はインコースにスライダー。それも縦に落ちる「縦スラ」で、横山由のバットが空を切った。7個目の三振。
7番の堂林。初球のカーブは大野の構えていたところよりも外角に外れていった。2球目は増田には珍しいシュート回転。堂林の打ち損じに助けられたものの、危ないボールだった。あるじも心配そうだ。
大野がタイムをかけて間合いをとる。増田の顔から汗が吹き出す姿をモニターがとらえた。
「この堂林に対してはコントロールが乱れていますね」
「疲れが出てきたようですね。ドーム球場を本拠地としているので、屋外のデーゲームではよりスタミナを消費します。それに増田は2回出塁して、ベースランニングもしましたからね。球数以上にスタミナは減っていると思います」
大野が3球目にインコースに構えた。増田がサインにうなずき、腕を振り抜いた。次の瞬間、堂林のレガースに白球が当たった。主審がデッドボールを宣告し、カープは初のランナーを出した。
三塁ベンチから栗山監督が抗議のために向かった。カープファンがブーイングを飛ばす。
「完全に当たっとるじゃろ」
「時間稼ぎして増田を休ませようってか?セコい手使ってんじゃねえぞ」
負けじと我がファイターズファンも応戦する。
「記録がかかっとる。抗議は当たり前だべさ」
「堂林は避けてないべ」
しかし、多勢に無勢といったところだ。仕方ない。
抗議の間、ファイターズ内野陣はマウンドに集まり、外野陣はセンターの陽のもとでサイン交換を綿密に行っていた。
抗議が終わり、試合再開。7番の丸は先程より踏み込んで構えていた。先程コントロールが乱れデッドボールを与えたことで、インコースには投げられないと踏んでいるようだ。
大野が丸の様子をうかがう。真ん中低めのボールを丸はあっさり見逃した。主審がストライクを発した。
「今日のカープ打線は初球を見逃す傾向が強いです。加えて増田のコントロールに乱れが生じたと考えれば、やはり初球は見逃しますね」
そして2球目。内角低めのスライダーが丸の膝元をえぐった。丸はかろうじてファウルにしたが、前には飛びそうにない。
「いいボールでしたね」
「パーフェクトがなくなったので、かえって吹っ切れたのかもしれません」
ツーナッシングにした時点で、こちらが勝ったようなものだ。案の定追い込まれた丸は、ワンバウンドのフォークに手を出してくれた。小谷野への正面のゴロで、堂林はフォースアウト。5回を終わってノーヒットピッチングは続いている。
6回のファイターズは4番の中田から。打席に入る前の素振りから、ホームランを狙っていることは明らかだ。
前田健がアウトコースに2球投げたがバットは全く反応しない。両方ストライクだったのに。インコース狙いなのは見え見えで、これでは厳しい。
すると3球目に入る前、中田がタイムをかけた。素振りを行い、打席に入り直す。スパイクで地面を蹴り、足場を固めていく。
前田健は3球目のスライダーこそ外れたが、4球目の高めのストレートで中田を三振に打ち取った。見逃せばボール。増田といい彼といい、相手の心理を逆手にとるのがうまい。
続く5番の稲葉も、カウント1-1となったところで中田と同じように打席を外した。シャープなスイングを3度披露し、打席に戻った。ホームベースにバットの先端を当てて、体制を整える。
「何としても前田健太君を攻略したい。なりふり構わない栗山監督の姿勢がうかがえますね」
高めのストレートに稲葉のバットが一回転した。大きな当たりだがフェンスを前に失速し、ライトの丸が捕球した。
次の小谷野も打席を外し、前田健のタイミングを外そうとする。カープファンのブーイングが飛ぶなか、小谷野はフォアボールで一塁に向かった。
三塁側のファイターズベンチで、フェンスにのし掛かりながら戦況を見守る選手がモニターに見えた。小谷野の出塁に手を叩いて喜んでいる。後ろに「CHIHARU 88」と刺繍されたユニフォーム―今年からあるじがつけていた背番号88を背負う、ユーティリティープレイヤーの佐藤千春だ。ベンチのヤジ将軍として存在感は大きい。私もうるさい声に悩まされたものだ。
さて陽の初球。高めの失投を見逃さなかった。鋭いライナーがセンターを遅い、カープファンの悲鳴が響く。そのなかを、センターの指原が必死に追っていく。フェンスが迫っても減速せず、ついにボールに追い付いた。だが同時にフェンスに激突し、指原は倒れた。オーディエンスは息を飲んで見守るなか、指原が立ち上がりグラブの中身を見せた。審判がアウトを確認すると、満員のスタンドはどっと沸いた。前田健も文字とおりの脱帽だ。
このプレーが流れを変えるかもしれない。
6回の裏のカープの攻撃は8番の倉から。先程の指原のファインプレーがリプレイされるなか、あるじが戦況を振り返った。
「ファイターズは1点が遠いですね。逆にカープは先程の指原のプレーでいい流れが生まれるかもしれません。この回は指原に廻りますから、バッテリーとしては正念場を迎えますね」
正念場…5回終了時の増田の投球数は60球。100球制限がある増田だけに、いつもなら7回が限界点だ。
だが今回は少し違う。この回を3人で抑えれば、ノーヒットノーランも見えてくる。
ブルペンの映像が入ってきた。右投手の多田野と森内が一応投げてはいるが、小型テレビの増田のピッチングを気にしながら投げている。あくまでも不測の事態に備えての準備といったところだろう。
あるじなら、どのような決断をするだろうか。平成21年に北海道日本ハムファイターズを優勝に導いた将・梨田昌孝は、あくまでもノーヒットノーランのチャンスを追わせるか。それとも将来のために厳格に制限を守るのか。
さて、増田は4球で倉をレフトフライに打ち取った。次の打者は、ピッチャーの前田健太。バントの構えをしているが、何を仕掛けるのか。
「増田投手はここまでパーフェクトピッチングです。4回までに早くも6奪三振と球威も備えていますね」
「4回まで47球と、球数はいつも通りです。ただ前の回から相手打線は揺さぶってきてますから、いかに対応するかですね」
落ち着いた口調のあるじだが、頭のなかは今後の展開を考え、熱くたぎっているはずだ。あるじなら、この場面はどのように攻めるのだろうか。近鉄バファローズの歴史に残る名捕手、梨田昌孝であれば、どのようなサインを発し、増田をリードするのだろうか。
(ストレート、ツーシーム、スライダー、カーブ、フォーク、チェンジアップ、シュート。メニューはたくさん揃えてるぞ。さあ、お前は何を望むんだ―)
初球は内角低めのストレート。当初からはずす目的だったのだろう。相変わらず、大野の構えたところと寸分違わずボールを投げるからだ。
「増田と大野のバッテリーは、内角と外角への投げ分けが身上です。このボールを見る限り、まだインコースの制球力は備えています」
2球目は低めにスライダー。見逃せばボールだが、ニックは打ちにいった。レフトに高く上がった打球にカープファンの歓声が沸くも、ポールから切れてファウル。
「右打者のあのコースは、打ってもファウルにしかなりませんね」
3球目は外角へのチェンジアップ。ニックがスイングするも、ボールは力ないサードゴロ。小谷野がさばいてワンナウト。今度こそはというバッターの力みを逆手にとった、大野の好リードだ。
5番の横山由は、とにかく球数を投げさせることを考えているようだ。初球の高めのストレートを見逃したことでそれが分かった。バッテリーはワンストライクのあと、3球連続でアウトコースを選択した。スライダー、カーブ、チェンジアップ。ツーツーとなったところで、あるじがバッテリーの狙いを解説した。
「このバッターはインコースが強いので、スカウティングに従って攻めていますね」
5球目はインコースにスライダー。それも縦に落ちる「縦スラ」で、横山由のバットが空を切った。7個目の三振。
7番の堂林。初球のカーブは大野の構えていたところよりも外角に外れていった。2球目は増田には珍しいシュート回転。堂林の打ち損じに助けられたものの、危ないボールだった。あるじも心配そうだ。
大野がタイムをかけて間合いをとる。増田の顔から汗が吹き出す姿をモニターがとらえた。
「この堂林に対してはコントロールが乱れていますね」
「疲れが出てきたようですね。ドーム球場を本拠地としているので、屋外のデーゲームではよりスタミナを消費します。それに増田は2回出塁して、ベースランニングもしましたからね。球数以上にスタミナは減っていると思います」
大野が3球目にインコースに構えた。増田がサインにうなずき、腕を振り抜いた。次の瞬間、堂林のレガースに白球が当たった。主審がデッドボールを宣告し、カープは初のランナーを出した。
三塁ベンチから栗山監督が抗議のために向かった。カープファンがブーイングを飛ばす。
「完全に当たっとるじゃろ」
「時間稼ぎして増田を休ませようってか?セコい手使ってんじゃねえぞ」
負けじと我がファイターズファンも応戦する。
「記録がかかっとる。抗議は当たり前だべさ」
「堂林は避けてないべ」
しかし、多勢に無勢といったところだ。仕方ない。
抗議の間、ファイターズ内野陣はマウンドに集まり、外野陣はセンターの陽のもとでサイン交換を綿密に行っていた。
抗議が終わり、試合再開。7番の丸は先程より踏み込んで構えていた。先程コントロールが乱れデッドボールを与えたことで、インコースには投げられないと踏んでいるようだ。
大野が丸の様子をうかがう。真ん中低めのボールを丸はあっさり見逃した。主審がストライクを発した。
「今日のカープ打線は初球を見逃す傾向が強いです。加えて増田のコントロールに乱れが生じたと考えれば、やはり初球は見逃しますね」
そして2球目。内角低めのスライダーが丸の膝元をえぐった。丸はかろうじてファウルにしたが、前には飛びそうにない。
「いいボールでしたね」
「パーフェクトがなくなったので、かえって吹っ切れたのかもしれません」
ツーナッシングにした時点で、こちらが勝ったようなものだ。案の定追い込まれた丸は、ワンバウンドのフォークに手を出してくれた。小谷野への正面のゴロで、堂林はフォースアウト。5回を終わってノーヒットピッチングは続いている。
6回のファイターズは4番の中田から。打席に入る前の素振りから、ホームランを狙っていることは明らかだ。
前田健がアウトコースに2球投げたがバットは全く反応しない。両方ストライクだったのに。インコース狙いなのは見え見えで、これでは厳しい。
すると3球目に入る前、中田がタイムをかけた。素振りを行い、打席に入り直す。スパイクで地面を蹴り、足場を固めていく。
前田健は3球目のスライダーこそ外れたが、4球目の高めのストレートで中田を三振に打ち取った。見逃せばボール。増田といい彼といい、相手の心理を逆手にとるのがうまい。
続く5番の稲葉も、カウント1-1となったところで中田と同じように打席を外した。シャープなスイングを3度披露し、打席に戻った。ホームベースにバットの先端を当てて、体制を整える。
「何としても前田健太君を攻略したい。なりふり構わない栗山監督の姿勢がうかがえますね」
高めのストレートに稲葉のバットが一回転した。大きな当たりだがフェンスを前に失速し、ライトの丸が捕球した。
次の小谷野も打席を外し、前田健のタイミングを外そうとする。カープファンのブーイングが飛ぶなか、小谷野はフォアボールで一塁に向かった。
三塁側のファイターズベンチで、フェンスにのし掛かりながら戦況を見守る選手がモニターに見えた。小谷野の出塁に手を叩いて喜んでいる。後ろに「CHIHARU 88」と刺繍されたユニフォーム―今年からあるじがつけていた背番号88を背負う、ユーティリティープレイヤーの佐藤千春だ。ベンチのヤジ将軍として存在感は大きい。私もうるさい声に悩まされたものだ。
さて陽の初球。高めの失投を見逃さなかった。鋭いライナーがセンターを遅い、カープファンの悲鳴が響く。そのなかを、センターの指原が必死に追っていく。フェンスが迫っても減速せず、ついにボールに追い付いた。だが同時にフェンスに激突し、指原は倒れた。オーディエンスは息を飲んで見守るなか、指原が立ち上がりグラブの中身を見せた。審判がアウトを確認すると、満員のスタンドはどっと沸いた。前田健も文字とおりの脱帽だ。
このプレーが流れを変えるかもしれない。
6回の裏のカープの攻撃は8番の倉から。先程の指原のファインプレーがリプレイされるなか、あるじが戦況を振り返った。
「ファイターズは1点が遠いですね。逆にカープは先程の指原のプレーでいい流れが生まれるかもしれません。この回は指原に廻りますから、バッテリーとしては正念場を迎えますね」
正念場…5回終了時の増田の投球数は60球。100球制限がある増田だけに、いつもなら7回が限界点だ。
だが今回は少し違う。この回を3人で抑えれば、ノーヒットノーランも見えてくる。
ブルペンの映像が入ってきた。右投手の多田野と森内が一応投げてはいるが、小型テレビの増田のピッチングを気にしながら投げている。あくまでも不測の事態に備えての準備といったところだろう。
あるじなら、どのような決断をするだろうか。平成21年に北海道日本ハムファイターズを優勝に導いた将・梨田昌孝は、あくまでもノーヒットノーランのチャンスを追わせるか。それとも将来のために厳格に制限を守るのか。
さて、増田は4球で倉をレフトフライに打ち取った。次の打者は、ピッチャーの前田健太。バントの構えをしているが、何を仕掛けるのか。