浅田次郎(2015)『天国までの百マイル』講談社文庫

 

事業に失敗した四人きょうだいの末っ子城所安男は、多額の負債を抱え、愛する妻子とも別れ、まさに泣きっ面に蜂の状態。

ともに貧乏な子供時代を過ごした兄や姉は、商社マンになったり開業医になったり、はたまた銀行員に嫁入りしたりと輝かしいキャリアを残していくなか、安男だけが惨めなダメ中年として苦しい生活を強いられることになる。

会社社長として名を響かせていたかつての豪遊時代には、高額な接待を幾度となく繰り返していたが、破産者になった途端安男の地位も信頼も、ジェットコースターの如く急降下してしまった。

 

そんななか、以前から入退院を繰り返していた母が病床に臥したとの報せを受ける。

心臓病によって蝕まれた母の体は、もはや血管一本で生死が別れてしまうほど深刻なものだった。

幼いころから怯えていた、母が死ぬという恐怖。そして迷惑をたくさんかけた親不孝な自分への罪悪感から、母を救いたい一心で奔走するも、かつての金も、名声も、何もかもを失った安男に手を差し伸べてくれる人などいなかった。

 

ただ、一人だけ安男を支えてくれた人がいる。水商売をしているマリだ。

デブで、醜くて、決して可愛いとは言えないその容姿だが、他にはない包容力と、安男へのはちきれんばかりの愛情を持ち合わせていた。

給料のほぼ全額を養育費として前妻に横流し出来たのも、マリからの出資金があったにほかならない。

マリだけは、安男の幸せを一番に考えて、母を助けようとする安男を応援してくれた。

 

心臓外科医の権威である有名教授でさえ手術をためらったことから焦燥感に駆られた安男だが、内科医・藤本の紹介によって千葉の鴨浦にある病院に無名の天才医師がいることを知り、一縷の望みに賭けて転院をひとりでに決心する。

しかし病状が深刻な母親を連れて、東京から九十九里の方まで移動させるという行為自体が無謀なもので、まして所持金の少ない安男に出来ることなど端から限られていた。

 

もうすぐ死ぬかもしれないという母がいてもなお、関わりを忌避しようとする兄たちに失望した安男は、彼らを金銭的に当てにすることなく、鴨浦までの道のり百マイルを自力で運ぼうと決断し、藤本もその負担に耐えうるだけの心臓をつくることを約束、無茶をする安男に医者として応じた。

勤務先の社用車を借りて、マリの励ましの言葉を胸に、安男と母は百マイルの旅を始めることになる。

 

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一文無しとなったダメ中年が、母の病気を治すために奮闘する物語だが、登場人物の心情が精緻に描かれていて、話のクライマックスでは思わず息を呑んでしまうような展開が待っていた。

誰の助けを得ることなく「自分だけ」で母を助けようと意固地になってしまった安男が、マリや藤本の本心を知ったときにどうなってしまうのか、読み進めていくうちにワクワクしてきたことを覚えている。

著者自身の経験を元にした小説なだけに、場面場面が詳しく描かれている。是非、手に取って読んでもらいたいと感じた。