母の病気に関する重い話になります。
2005年11月、犬の散歩中に公園の階段で転んでしまいあばら骨三本にひび
の怪我を負い、二ヶ月の療養にてやっと治ったと思ったのも束の間、別の問

題が生じてしまいました。


翌年年明け一月は誕生月なので例年のごとく市の健康診断へ行き、その検
査の結果膵臓に異常があり、糖尿病の疑いでお薬治療一ヶ月服用しました
が改善が無いためさらに検査をすることに・・・予約は一ヶ月待ち・・・そしてそ

の検査で膵臓に腫瘍の疑いがあり、さらに精密検査へ・・・その予約も一ヶ月

待ち、そして膵臓にあるものは悪性と判りました。
その検査は身体に負担のかかる大変なものだったようで十日程の検査入院
で別人のように体調が悪くなり体力がなくなってしまいました。
私たちは、兄弟で話し合い免疫を高める食品や免疫を高める可視総合光線
という治療器による自宅療養を選択しました。市内の消化器専門の病院にも
相談に行きましたが、まったく相手にされず辛い対応をされ、この病気のこと

を調べ考え色々と状況を考慮したがゆえの選択でした。
検査をした母の掛かり付けの病院は自宅のすぐ近くにあるので必要時には
そこへという事にしました。
ここでは、本人の辛い症状やこの病気の詳細は書きませんが、この病気の
ことを調べて頂くと難病中の難病であることや癌の中でも進行が早い上、場

所的にも手術や治療がどれだけ難しいかお解かり頂けるかと思います。
年間の発生率と死亡率がほぼ同じという恐ろしい病です。
話は戻りますが、自宅療養していた母ですが自宅治療は進行を遅らせる効
果はあったものの胆管にステントの処置が必要となり9月初旬に入院にな
り、翌年元旦に日帰り帰宅が出来、そして2月末日に亡くなりました。
 
本人にとってはもちろん、家族にとってもとても辛い病です。
病が治ってくれたら全ての辛さがどれだけ報われただろうと思います。
しかし現実は、最善の治療が受けられた訳ではありませんので大切な命ゆ
えに後悔の念が残ります。
そして医療に関して直面したがゆえに色々思うことがあります。
抗癌剤との相性も人によりますし、漢方を取り入れたり、免疫を高めるため

の治療も取り入れるなどです。医者を選択することも難しい問題です。


アメリカの癌治療のレベルに日本も一刻もも早く達して欲しいし、あらゆる

病院においてオーダーメイドの癌治療が実現して欲しいと強く切に望みま

す。人ごと・家族ごとの話ではありません。今や三人に一人、いいえ二人

に一人という声も耳にしますので。 母は癌保険にも加入していたので
家族は助かりました。医療費これも現実そして切実な問題ですものね。 


今回は本当に参りました。


母の病気そして死。


もう一年過がぎましたが、過ぎてみると本当に早い。
だけど思いはまだまだ辛いです。


少しずつ、心の重荷を吐き出してみようかなと思っています。


私自身も右半身に痛み・不調さや熱が出やすい体を抱え家事を全面的に

負う状況。


体が辛いのに頑張ってしまう自分。母と一緒にこなしていた家事なのに。


「 あの~私主婦じゃないんですけど~ 」 って一人突っ込み。


今前向きな自分と心にある重荷とがせめぎ合い、


人生何が起こるか分からないけど、何でもありの世の中だから・・・

心が動揺したり悲しかったり不安になることはしょうがない事、

時が解決してくれることもあれば、

自分で努力や調整しなければならないこともあるし、
それでもどうにもならないこともある・・・


今まで大切にしてきたことややりたいことがあるのにままならない。


前向きな自分がメインになってほしい。もうあと少しかな。 がんばれ~私。