最後の投稿からかなり年月が経っていましたー

そのあいだに

わたしは、第三子となる男の子を授かりました。

先月2歳になりました。

りおゆうの赤ちゃん時代にそっくりのヤンチャっぷりです。わたしから落ち着いた赤ちゃんが産まれてくることはないでしょう。笑


ゆうはとくにグレーなんじゃないかと疑ってたけど今ではかなりおちつき、ホッとしています。

保育参観は毎回多動すぎて冷や汗やったけども落ち着いて見られるようになったし。

公文も3学年先取りし、運動会ではリレーでアンカーをつとめ、

こども園ではモテ男となっております。爆笑

Aちゃんはゆうの姿を見るなりゆうくん❤️言うて抱きついてきて離しません笑

ゆうは迷惑そうに逃げています。それがまた笑えます。我が子を好きになってくれるなんてこんなに嬉しいことありますか☺️センスが素晴らしい←


で、兄としての自覚も芽生えているようでとうりくんが危なそうやったら助けてあげたりオムツ履かせてあげたり、とうりが叩いてきたりしても動じず痛くねぇ。ってどっしり構えていたり、かっこいいゆうくん。


とうりは2度目の帝王切開、かなり怯えてたけど一度目より回復も良くて助かった。

りおゆうは9ヶ月で歩きだしたけど、とうりは8ヶ月の最後の週から歩きだした。最短新記録、、、、、どんだけ早いねん。もっとゆっくりでいいんだよ、、、

一歳超えたら階段も降り出した。自分の脚の長さより高いところから普通に大人みたいに片脚で降りる。ビックリするわ💦

トイレも一歳半で真似して座ってやりだしたけど、おしっこが溜まって行きたくなって、、という感じではなく、目の前にトイレがあるから行っとくかーって感じ💦やからちょっとしか出ないしトイレ行くーいわれるとめんどくさっ♡てなってもてオムツでしぃー言うてまう←

トイレとオムツの両刀使い。

話し出すのゆうより早かったけど、

全然、私と会話が成り立たんかったりして、ダメって言っても通じなかったり、公園も遊具で遊ばず出て行ってしまったり、食べ方もいつまで経っても汚いし、きみもグレーか、、、、、、と思ってたけど

友達のおうちでパパさんに「何歳?」「かっこいいねー」「ぼく、一歳」いうて会話してたときはおったまげた。あんた会話出来るんかいな!って。

謎。とうり謎。

とにかく私は3人の子育てで毎日必死。

過去記事読んだら、りおと遊んであげられないーやゆうと遊んであげられないーや、ぐずぐず言ってるけど、今も一緒で

とうりともやはりちゃんと遊んであげられてない。ごめん、、、とうり

とうりは常にひっついてくるし、色々触りまくるし、何も家事が出来んくて。お昼寝しててもずっと隣にいないと起きてしまうし(最近マシになってきたけど)寝てる間に家事を!とかも無理で、、、、、だから家の中は常にぐちゃぐちゃ


今回もゆうのときと同じく2年間授乳させてもらいました。

本当に幸せな時間でした。ありがとう。いっぱい飲んでくれて。😭😭😭

ちょこちょこ、もうすぐ卒業だよーって話はしてたんやけど。ある日は、いやだよぉぉぉ😭😭って大泣きしたり。ある日は、うん、わかった。って素直に言うたり。色々やったけど、まず昼間の授乳をやめて夜だけにし、夜止めるの

私の方もやっと決心がついて。もうおしまいだよーって話して

今3日目の夜。隣で寝てる。1日目と2日目の夜は起きて オッパイ(ほしい)、、、、😭😭😭なんで(くれないんだ)よぉぉ😭😭😭😭って泣いてたけど3日目は泣くけどオッパイとは言わなかった。ちょこちょこ起きるけど、私に背を向けてまた寝ようとしてくれる。

わたしも時々しくしくと、なみだをながす

人生で最後の授乳やったからね、、、、

本当に幸せな時間だった

できることならもう一度赤ちゃんうんでオッパイあげたかったな、、、

本当に本当に幸せなんだよなぁ


あと少しで年明けです。

わたしは40歳になります。びっくりだ。

30代は子育てに捧げるときめて、幸せな時間を過ごさせてもらった。

40代は仕事もまた始めつつ、チャレンジしてみたいこともやりつつ!楽しんでいきたい!!

8/10 実のばーちゃんが亡くなりました。

義祖母が亡くなってから9日たってのこと。

88歳やったんかな。

施設で亡くなりました。

時々ブログでも書いてた、認知症の。

子どもの頃一番世話になったおばーちゃんです。

もう最期は一年ぐらい意思疎通出来てるんか出来てないんか、わからんくらい。

ずっと寝たきり 目をたまにパチパチひらくぐらい。

ガリガリやったな。

奈良の長男のところで同居できると思ってたのに、最後の最後まで声掛けてもらえず、かわいそうやったな。

奈良の長男の孫よりも、こっちにいた私たちきょうだいの方が断然関わりが深かったのに、私たちのことは忘れても、奈良の孫のことは忘れなかったおばーちゃんw

薄情やなぁ〜。

そんなに奈良の長男一家が好きやったんか〜

私の名前は、おばあちゃんが付けてくれたとのことでした。

私は子どもの頃すごいおばあちゃんに世話になったし大好きやったけど、認知症になってからは人が変わったようになってしまって、イライラしてしまって、言うてもすぐ忘れるやろとばかりにひどい言葉をいっぱい浴びせました。

おばあちゃんあのときはごめん。って、心の中で今でも時々言ってる。


おばあちゃんが施設にいたときに、帰りたい帰りたいて言ってた、青い屋根の家も、もう取り壊されてなくなりました。

あの家はおじーちゃんとおばーちゃんとの思い出いっぱいやったな。ついこの前のことのよう。


夏休みの図画工作系はこの青い屋根の家でってのがお決まりで

じいちゃんが教育委員会で小学校の夏休みの絵の審査員?みたいのしてたから、

ポスター描いて、よく入選してたのは、裏でおじいちゃんが私に一票いれてくれてたのでw

木工工作も手伝って貰ったり。


それで宇宙の惑星たくさん並べて、いろんな国の人がそこを飛んでて、、ってポスター描いたときに、惑星に目を私が描いたら、おじいちゃんがこれは消した方がいい。って消して、それを私が悲しくてシクシク泣いてたら、おばあちゃんがおじいちゃんに 目描きたいみたいやで勝手に変えんといたりーなぁ って私の気持ちを言うてくれたな😂

おじいちゃんが亡くなってからも

口を開けばおじいちゃんの悪口と戦争の話。いっつも聞いててもうええわ!と思ってたけど、だんだん喋れんようになってからはいつものおじいちゃんの悪口と、戦争の話、してくれな寂しいやん、

してよ!!と催促してた、けどもう話せんかったなぁ。


社会人になってからは、おばあちゃんちいって、もみじやののっぺいうどん食べるのが好きやった。

としひろも、連れていったことある。


黒電話掛けてキレイな声で

阿原ですぅ。おおきにすんまへんなぁ。

のっぺい2つお願いできますやろか。

いうて。


認知症になってからはなんて言って良いか分からず注文もお金もスムーズにはできんかったけど、

またおばあちゃんの頼んでくれたのっぺい食べたいなぁ。


おばあちゃんが亡くなる一年前ぐらいから、おばあちゃんにずっと耳元で言い続けてたことがある。

死んでからのお願いって言うか。

もし叶ったら、また書きにきます。


おばあちゃん、さいごの2年ぐらいは特にしんどかったね。

頭は混乱してたやろうし歩けないし

ご飯もドロドロで美味しくなかったやろう

よぅ頑張ったなぁ

さすが頑張り屋のおばあちゃん!!


天国ついたか?

ひとやすみしたら、私のお願い叶えにきてな?

おつかれさま。ほんまよぅがんばったな。

ありがとうね。

8/1に、義祖母が亡くなりました。

末期癌やのに、コロナにかかって回復し、数ヶ月後のことでした。(私たちは未接触のためPCR検査もなし)


がんばらぁたなぁ


7月に、後1ヶ月ぐらいかもってことで、としひろとりおゆうと顔を見に行ったら、

寝たきりではあったけど、普通に話してくれてた。

ゆうはギャン泣きで近づきもせず。りおも少ししか近づかず。

2人ともなんか感じ取ってたんやろう。


しばらくたわいも無い会話をしたら(ほとんど利弘と)義祖母が義母にちょっと財布取って、と。

財布からお金をだし、

これで美味しいもんでも食べてき。と

利弘と私に30,000円ずつ、それぞれ封筒に入れてくれた。

まさか私にもくれるとはおもわず、戸惑った。

義祖母からお金を貰うのは初めてだったので。

としひろは親とかからお金あげよ言われても、いらん。いうていつも断るタイプなのだが、その時は ばーさん、ありがとう。と言って受け取った。

その二人の一連の行為が、最期を感じさせて、涙が出てきた。

私は このお金は大事にとっておきますね。と泣いて言った。

そしたら利弘が、そーいうのじゃないんよ、分かってないなぁと言いやがった←


ばーさんは、私たちに美味しいもの食べて欲しくて、お金を使って欲しくて渡してきたのにそれを使わずに取っておくなんてばーさんの気持ちがわかってない、みたいなことを言った。(その場で言ったのかその後車の中で言ったのかは忘れた)


たしかにとしひろのいう通りかもしれない。けど受け取った側の気持ちは?


私はおばあさんが最期にくれた30,000円をすぐに使うことは出来なかった。

このまま置いておいて、みるたびにおばあさんのことを思い出したいなぁと思った。


たしかにお金は使わな意味ないんかもしれん。

でも自分がよし使おう、と思うまでは、何年後になるか分からんが、このままとっておきたいなぁと私は思った。


おばあさん、ありがとう。


後日、お葬式後に義母から聞いた話

7月に、プリンやゼリーやサンドイッチなどの差し入れを買って義母宅に渡しに行ったのですが、

義母が義祖母に 差し入れもってきてくれたよ。と言ったら、

ほんまにとしひろはええ嫁さんを貰えたなぁ。よかったなぁ。と私のことを褒めてくれていたらしい。

滅多に人を褒めないばーさんが、そうやって言ってやーたで。と義母が教えてくれた。

え!と嬉しかったけど、なんでそう思ってくれたのか、謎。。。

挨拶だけはしてたが、そんな深い話もしたことないし、、、プレゼントとかも全然渡したことない。

義祖母はかなり辛口らしく、身内の奥さんのこととかボロカスに言ってて仲悪かったらしい。


んで、全然良い嫁なんかじゃないんやけど、何でやろと思いつつもそんなん言われたら嬉しいやん。


んでとしひろに、おばーちゃんがこうやって言っててくれたらしいんやけど、なんでなんやろなぁ?おねがいデレデレ私なんもしてないのにおねがいデレデレ っていうたら


ただマのことよく知らーれんかっただけやろ。  と、、、。


ハ?


私のことちゃんと知ったらそんなこといわーれんかったってこと?真顔

ときいたら


そうそう。


と、、、


ケンカうってます?


まぁ、、でもそうやろな。笑


勘違いやったとしてもやすえおばあちゃん、褒めてくれてありがとう。