- ベスト&ブライテスト〈上〉栄光と興奮に憑かれて (Nigensha Simultaneous .../デイヴィッド ハルバースタム
- ¥1,785
- Amazon.co.jp
ハルバースタムの『ベスト&ブライテスト』を読了。
上中下巻でトータル1000ページを越える名著。
J・F・ケネディ政権発足時、その政権を担う閣僚たちは最良にして最も聡明といわれたメンバーが集められた。
大学や企業、財団などアメリカのあらゆる組織から選りすぐりに、選りすぐられた俊才たち。
アメリカは彼らの姿に、アメリカと世界の輝かしい未来を想像し、熱狂した。
けれども、彼らは傲慢・偽善・自己保身・周囲からの圧迫・自己欺瞞・・・様々な愚行の上にアメリカの栄光を築こうとした。
その結果、彼らがもたらしたのは、ベトナム戦争の失敗というアメリカの挫折だった。
これは単なる失敗ではない、これ以上の人間はいないというほどの能力と才能に溢れた人間を集めた失敗なのだ。
単純に、能力のある人間の存在が問題の成否を分けたのではないという事実ほど、冷たく突き刺さることは無い。
是非とも読んで欲しい本である。
私がこの本から教訓として学んだことをいくつか残しておく。
全て難しい。けれども、これを突きつけて行かなくては「ベスト&ブライテスト」の罠、エリート主義の罠に陥ってしまう。
①現場主義と現場の現実を直視できるのか?
・自分の意見、感覚と最も現場に近い人間の意見、感覚に乖離がある場合。
②対立する意見にレッテルを貼らずに議論できるのか?
・反対意見を言う人間をパージしたり、無視していないか。そこに一分の理もないのか。
③失敗を早いうちに認めて撤回をする勇気はあるのか?
・たとえ評価や評判や名誉に傷を負ったとしても、失敗を認めることができるのか。
④自分の役割という安全地帯を作ってはいないか?
・何か問題があった際に、役割の壁の向こうから評論家の意見を言ってないか。
⑤今自分の持っている数字の根拠はあるのか?
・ためにする数字になってはいないか?
⑥最大に努力をして現状維持という事態を、負けていると認められるのか?
・最大の努力をしても状況が変わらないのは、押されているからだ。
⑦世論に対して肌感覚を持って接しているのか?
・肌感覚のずれた決定は、回りから決して認められるものではない。
学ぶことが多い本であった。ディスカッションしたい。
長くなるが、21世紀を生きる我々として心に留めるべきと感じた一節を引用する。
『 そのうち、ある噂が流れる。累々と横たわるベトコン兵士の写真を見せられたハルバースタム記者が嗚咽した。女々しいばかりではない。その涙はベトコンの ために流されたというのだ。うわさは事実無根だったし、ハルバースタムは噂を流した張本人とされる海兵隊将校を捜し出し、その胸ぐらをつかまえて対決し、 身の証も立てた。
だが、父親は娘への手紙をこう結ぶ。「それから約一年後、おまえの名づけ親で私の後任としてサイゴン特派員となった ジャック・ラングスが、この一件を記事にした。例の話は事実ではない。だが、ハルバースタムにとっても、ほかの記者にとっても事実であるべきだった。どち らの側の兵士であれ、その死骸を目の当たりにして涙を流すのは自然ではないか。来るべき世代のアメリカ人は、戦争の惨禍の中に横たわる死体に涙する人をさ げすむどころか、むしろその涙ゆえに尊敬するだろう。ラングスはそう書いた」
「ジュリア、ラングスの言った通りだ。あの頃、もし本当にだれかがベトコン兵士の死体の写真を見せてくれたとしたら、その場で嗚咽できる人間でありたかった、といまにして私は思っている」』

