友人が逝った。
50代、
人生はまだまだこれからなはずなのに
それは、耳を疑うほど突然に。
棺の中のその顔は
どこか穏やかで、
微笑んでいるようにも見えた。
眠っているだけのようで、
でも確かに、
もう二度と目を開けることはないのだと
一回り小さくなった体が答えている。
頭ではわかっているけど
心がまだそれを拒んでいるみたいです…
『カリスマ美容師だ』と自分で言い
他に真似のできない歌声の持ち主でした。
若い頃はめちゃくちゃしたと
笑っているその顔が
妙に頭に残っています。
と同時に
花仕事への後押しもしてくれた人。
きっと彼は、
幸せに最期を迎えたのだろう。
そう思いたいし、
そうであってほしいと切に願う。
けれど同時に
人の命というものは、
こんなにもあっけなく、
そしてこんなにも突然に
終わりを迎えるのだと
今はただ、強めの顔面パンチを
2、3発食らったような衝撃の中にいる。
昨日まで普通に生きていて、
当たり前のように明日が来ると
思っていたのに。
それは何も、彼に限ったことではない。
私にも、
あなたにも、
いつか必ず終わりは来る。
そう考えると
「また今度」「落ち着いたら」「そのうちに」
と後回しにしてきたことたちが
急に重みを帯びてくるように思えた。
何気なく過ぎていく毎日の中で
私はちゃんと、
自分の幸せを見つめているだろうか。
誰かの期待や、
世の中の正解や、
「こうあるべき」に縛られて
本当の自分の声を
後回しにしてはいないだろうか。
見えない誰かの目を気にして
翔べない鳥になっていないか。
終わりを常に意識して
怯えながら生きるのは違うと思う。
でも
いつかその日が来たときに
「ああ、ちゃんと生きたな」って
「楽しかったな」って
微笑みながら目を閉じられたら
それはきっと
とても幸せな人生なんじゃないかと思う。
友人の穏やかな顔を思い出しながら
私は今日この時を、
どう生きようかと考えている。
今この瞬間に
会いたい人に会い、
伝えたい言葉を伝え、
やりたいことに少しだけでも近づいていく。
そんな積み重ねが
最期の微笑みに
繋がっていくのかもしれない。
彼が、
その背中で教えてくれたことを
私はこれからも抱きしめて生きていく。
今日はブーケ屋も
少しお休みさせていただきます。

