さて、再始動!
と思い、ふと気がついて予約サイトを見たら、えらいことになっていて。
えーと、わたしの予約サイトはRESERVAっていうシステムを使っていて、すごくいいサービスだと思うんだけど、しばらく放置してた間に色んな設定が勝手に変わっていたらしく。
まーもー目を覆うような惨状。ありゃりゃりゃりゃ・・・
それで慌ててあれこれ直して、直しているうちに断捨離感が進んできて、あれもやめよう、これもやめようと削除していき、すっかりすっきりした、新生
予約サイト
ができました。
よかったら見てみてくださいな。
↓↓↓
・・・と。
今日も前振りの長すぎるDAYBREAKのAikoです。こんにちは。

さて、わたしは今、改めて日本語の勉強をしています。
母語だし、国語は得意だったし、古文は嫌いだったしで、日本語ってあまり勉強してこなかったなあと思って。
それでわかったんですけど、日本語って、すごくユニークで面白い言語なんですね。
たとえば、「語族」というのがあって・・・って、ご存知なのかな、わからないですが。
つまり、
英語とドイツ語は、インド・ヨーロッパ語族のゲルマン語派。
ロシア語とポーランド語は、同じインド・ヨーロッパ語族だけどスラブ語派。
中国語やチベット語、タイ語はシナ・チベット語派。
ハワイ語、タヒチ語、サモア語は、マレー・ポリネシア語族のポリネシア語派。
みたいな、
比較言語学っていう、言語のルーツを探る方法論から見た言語の分類があるのですが。
日本語って、どこの語派にも属してないんですって。
しかも、どんな祖語(言語の祖先)をもっているのかも不明なんだそう。
わたしたちみんな、こんなにベラベラ喋ってるのに、祖先がわからないなんて不思議で面白い〜!

まあ、そういうわけで日本語はとてもユニークなんだけど、その中でも、最近すごく、改めて面白いなあと思ったことを。
それは、日本語は、2人称を使わない。という話。
2人称が「ない」というわけではないですよね。
そそ。「あなた」って言葉、ちゃんとあるし。
ちょっと昔なら「君」とか「貴様」とか。
でも、日本語で「あなた」なんて他人に呼びかけたら
(おおぅ・・・なんかずいぶん・・・ずいぶんな人だなあ・・・)
とかって思われること、必至ですわ。
もちろん、「君」だの「貴様」だのは、論外。
さらにくだけた言い方の「あんた」「お前」を使って
「ちょっとあんた・・・」
なんて呼ぼうものなら、ケンカが始まってしまう。

一方、英語なんかだと、こんにちはなら、Nice to meet You. ありがとうならThank Youって めっちゃYou呼びしてきます。
中国語なら「你(nǐ)」。挨拶の「ニーハオ」っていうのに、もう入ってる。
韓国語は「저기요(チョギヨ)」かな? 他にもたくさん表現があって、使い分けて使いまくる。
でも、日本語は、二人称を使わないのです。(あるのに)
どうしても用事があるときだけ
「店員さん」
「駅員さん」
「お客様」
「奥さま」
「シャチョ〜、シャチョ〜!!」(あっ、これは違う
)
・・と、役割や立場の名称で呼ぶことになります。
じゃ、用事が特にないときは?
呼べないんです。
わたしたち日本人は、名前を知らない相手のことは、呼べないんです。
・・・あ、いま、(そんなの当たり前でしょ)って思いました?
もしそうなら。
それが、日本人だってことなのですわ。

あ。あのね、少し話がずれるかもしれませんけど。
日本人は、よく「シャイ」と言われますが、
たぶんきっと、それほどシャイじゃないと思うんです。
ただ、
ユーとかニーとか、誰にでも言える言語と違って
名前を知らない人には、話しかけられない。
用事のない人には、話しかけられない。
つまり
何かしらの明確な関係性をもたない人には
話しかけることができないように
日本語と、日本語人の頭の中が、
そうできあがっているってコトみたいなんですわ。ただ、単に。
これに気づいたとき、わたしの中で、鎖がひとつ外れる音がしました。

言葉に気づいていくのって、面白い。
話すときも、頭の中でも、心の中でも。
思考と感情をずっと紡ぎ続け、わたしたちの人生に響き続けている言葉の力。
誰でもみんな、言葉で思考し、言葉で世界を認識しているのだから、 言葉に気づくことは、自分の枠を超えることでもあるのかも。
今年は、そんな言葉の世界を深掘りしていく冒険を共に旅する仲間と出会いたい。
だってきっと、それってすごくスリリングなものだから。