いやー、こんなコミュニケーションツールがあるとは、いきなり他人の部屋にも入れてしまうなんて、バーチャルとはいえおそろしい気がしないでも。私より娘が気にいってしまって、早速IDとって、娘のピグを作ってあげました。私と似てコミュニケーションとるのが下手なためか(日本語の問題もあり)、友達の少ない子を狙って話しかけます。ちょっと心配ですね。

かくいう私も、何も知らない相手といきなり何を話していいかわからず、重い空気の中であえなく玉砕です。立ち直れるか心配です。

スタートして間もないのに、早くも話が分散してきました。整理すると韓国駐在体験記、中国人妻との奮闘記、野菜塾体験記となりますか。ちなみに娘は4歳まで、中国で育てられました。これにはいろいろ公開の場ではいえない訳がありますが、日本に来て2年あまり、晴れて今年は小学校に入学しました。引っ込み思案な性格(語学の習得には不向き)にもかかわらず、流暢な日本語ははや母親を遠く抜き去ってしまいました。3つ子の魂百までといいますが、それからすると魂は中国人? いやいや、日本人のDNAがしっかり根付いています。母親には理解できない日本人しか共有できない感情とでもいいますか。

自分の子でありながらほとんど4年間会えませんでした。最初は、父親と認識してくれるかが最大の問題でしたが、見事にクリアー。ところが2人きりになると、大声で泣かれます。傍目にはまるで人さらいのように見えているかもと思いながら、あせりまくりでした。 

でもまだ6歳の子でも、言葉の壁やいろいろなコンプレックスに悩んでいるようです。

またまた脱線してしまいました。

家内の話ですが、子供が生まれるまでは、仕事したい仕事したいが口癖でした。しかし、日本語も不十分ですので、ハローワークで紹介されてもなかなか続かない。それこそチラシ配布、掃除の仕事、何でもやっていました。ある日、駅前でキムチを売っているおばちゃんを見て、「私も駅前で物売りたいです」と真剣に言われ、それだけは勘弁してくれとあせったこともあります。とにかく、意欲が旺盛、仕事を選ばない。若者が嫌がる3Kの仕事でも、生き生きと楽しそうにしていました。そんなある日、ある出来事が起こりました。