看護助手の爪はがし
つめはがし、「ストレス発散」と供述
許せない。しかも、すぐにバレないように声が出せない、動けない患者を狙ってやっていたそうだ。
爪なんかはがされたら、めちゃくちゃ痛いのに。
訴えることもできず、ただ苦しむしかないひとだちに、それをやったってこと。
なんて残酷で自分本位なんだ!!
弱いものいじめはブログでも横行しているようだ。
ブログをもった人たちのTB機能がある文、掲示板よりは荒れないんだろうなと思っていたけれど、弱いと思った人のブログに、コメントとして悪口三昧書き散らしてあったのを見た。
弱い者いじめの悪口コメントは100%匿名。メールアドレスも自分のブログも記入していない。
自分のストレス発散のために、見ず知らずの人がせっせと書いていることにイチャモンをつける。爪はがした人と同じだ。
イジメの構図がそこにある。
卑怯だよ。
わたしもHPの掲示板で似たようなことを経験した。
ある女のコの書き方が気に入らないからと、文句のカキコミがダラダラ続いた。刺激しないように仲裁に入ってみたけど、かえって火に油を注いでしまったようだ。
屁理屈こねまわして、攻撃してくる。
ヤなら見なきゃいいでしょう? と書いたら、公共の場で見るなというのは差別だとかなんとか。あきれたので、ここは無料とはいえ私が借りて、私の責任において開設している掲示板だから、私が気にいらない人は削除するよと書いたら、いきなりおとなしくなった。
まともなことを書いてきた。
少々あきれつつ、でも、そこで変わってくれたからイイやと思ったけど。
ちょっと強く出るだけで、こんなに違うもんなの? と、拍子抜けした気分があったのもたしかだ。
こういう人が今、多いから、強い言葉で、大きな声でムチャクチャなことでも言いたい放題言う人がもてはやされたりするんだろうか?
ついていきたいと思うんだろうか?
それをリーダーシップと勘違いしていないだろうか?
このままでいくと、声の大きな、言葉の強い人が「戦争」と言ったら、簡単に戦争になっちゃいそうだよ。どこかの国みたいに。
自分の感性と合わないことを攻撃することを悪いと思っていない人たちが多いってことかな?
あわない人、違う人がいるから面白いのに。
みんな同じになろうとする。
同じになんてなれるわけないのに。
ならないから、生まれてきた甲斐があるのに。意味があるのに。
人は誰だって弱い部分はある。
自分の弱い部分をきちっと見つめて、それを乗り越えようとしている姿がいちばん美しいと思う。
たとえば、あのイチローだって。
プレッシャーは相当あったと思うよ。
負けそうになる自分に負けまいと頑張り続けて成果が出た。
だからこその笑顔じゃないか。
あんな笑顔のイチローは初めて見た気がする。
「自分で自分の首を締めたような気もしますが」
なんて言っていた言葉に、それまでの辛い日々がにじみ出ていた。
どんな天才でも自分と戦っている。
少しでも、より、強くなろうと頑張っている。
弱い人をみつけてウサを晴らしているうちは、強くなれない。
自己嫌悪からも逃れられない。
自己嫌悪から自暴自棄、結果、社会との軋轢が増え、そのストレスが弱い者に向かい、また、自己嫌悪に陥る。弱さのスパイラルがイジメや虐待を生む。
強くなりたいね。少しずつでもいいから。
それは自分ひとりの戦いだ。
自分自身にかかっている。
許せない。しかも、すぐにバレないように声が出せない、動けない患者を狙ってやっていたそうだ。
爪なんかはがされたら、めちゃくちゃ痛いのに。
訴えることもできず、ただ苦しむしかないひとだちに、それをやったってこと。
なんて残酷で自分本位なんだ!!
弱いものいじめはブログでも横行しているようだ。
ブログをもった人たちのTB機能がある文、掲示板よりは荒れないんだろうなと思っていたけれど、弱いと思った人のブログに、コメントとして悪口三昧書き散らしてあったのを見た。
弱い者いじめの悪口コメントは100%匿名。メールアドレスも自分のブログも記入していない。
自分のストレス発散のために、見ず知らずの人がせっせと書いていることにイチャモンをつける。爪はがした人と同じだ。
イジメの構図がそこにある。
卑怯だよ。
わたしもHPの掲示板で似たようなことを経験した。
ある女のコの書き方が気に入らないからと、文句のカキコミがダラダラ続いた。刺激しないように仲裁に入ってみたけど、かえって火に油を注いでしまったようだ。
屁理屈こねまわして、攻撃してくる。
ヤなら見なきゃいいでしょう? と書いたら、公共の場で見るなというのは差別だとかなんとか。あきれたので、ここは無料とはいえ私が借りて、私の責任において開設している掲示板だから、私が気にいらない人は削除するよと書いたら、いきなりおとなしくなった。
まともなことを書いてきた。
少々あきれつつ、でも、そこで変わってくれたからイイやと思ったけど。
ちょっと強く出るだけで、こんなに違うもんなの? と、拍子抜けした気分があったのもたしかだ。
こういう人が今、多いから、強い言葉で、大きな声でムチャクチャなことでも言いたい放題言う人がもてはやされたりするんだろうか?
ついていきたいと思うんだろうか?
それをリーダーシップと勘違いしていないだろうか?
このままでいくと、声の大きな、言葉の強い人が「戦争」と言ったら、簡単に戦争になっちゃいそうだよ。どこかの国みたいに。
自分の感性と合わないことを攻撃することを悪いと思っていない人たちが多いってことかな?
あわない人、違う人がいるから面白いのに。
みんな同じになろうとする。
同じになんてなれるわけないのに。
ならないから、生まれてきた甲斐があるのに。意味があるのに。
人は誰だって弱い部分はある。
自分の弱い部分をきちっと見つめて、それを乗り越えようとしている姿がいちばん美しいと思う。
たとえば、あのイチローだって。
プレッシャーは相当あったと思うよ。
負けそうになる自分に負けまいと頑張り続けて成果が出た。
だからこその笑顔じゃないか。
あんな笑顔のイチローは初めて見た気がする。
「自分で自分の首を締めたような気もしますが」
なんて言っていた言葉に、それまでの辛い日々がにじみ出ていた。
どんな天才でも自分と戦っている。
少しでも、より、強くなろうと頑張っている。
弱い人をみつけてウサを晴らしているうちは、強くなれない。
自己嫌悪からも逃れられない。
自己嫌悪から自暴自棄、結果、社会との軋轢が増え、そのストレスが弱い者に向かい、また、自己嫌悪に陥る。弱さのスパイラルがイジメや虐待を生む。
強くなりたいね。少しずつでもいいから。
それは自分ひとりの戦いだ。
自分自身にかかっている。