トムの木はこれからも成長を続けます。
この夏、撮ったトムの写真です。
トムの記事はいくつかあげましたが、この写真だけは使っていなかったような気がします…
珍しくカメラ目線の、いい写真だったのに
意味深な目の表情がちょっと辛かったような気もします。
この夏、トムは何度もこんな目をして、わたしを見上げました。
それは、最後のお別れのつもりだったんでしょうか。
トムの木と命名してから2時間後の08年8月27日16時ごろ
くまきちのトムばーちゃんこと、トム・キャット・クルーズは虹の橋へと旅立ちました。
わずかでもと願いをこめた記事でしたが、祈りは届きませんでした。
とはいえ19歳という年齢は立派です。
我が家では、わたしが生まれたころからほとんどずっと、猫を飼ってきましたが
ここまで長生きしてくれた猫ははじめてでした。
三軒茶屋の世田谷線沿いのワンルームマンション時代から
ある意味、わたしの一人立ちの歴史をずっと見続けてくれた猫でした。
狭いワンルームで、トムといっしょに暮らした時間は半年ほどです。
その後は実家に連れて帰り、トムはのびのびと、自然豊かな環境で暮らしてきました。
わたしが、ペット可のマンションに移ったとき
先住猫たちとの折り合いのよくなかったトムを「東京へ連れて帰れば?」と、言っていた母でしたが、
先住猫を次々と見送り、父も見送ってからは
トムがとても身近で、頼りになる存在になっていたようです。
危篤の電話も、落命の電話も、かけてはきたものの、しばらく無言でした。
涙で声がつまったのでしょう。
思えば、父の葬儀のとき
親戚や近所の人たちが大勢集まっていた部屋のなかへ、トムは臆することなく入ってきて、堂々と、その中心へ座りました。
あたかも家長であるように。
あたかも、父の霊が乗り移ったかのように。
猫も17~18年生きてくると、普通の猫ではないのかもしれません。
まもなく父の3回忌。父に託された最期の役割を、トムは果たして旅立つのかもしれません。
ここ数日、くまきち用に買ったケージに入って夜を過ごしていたそうですが、未明に突然、おかしな声で鳴き続け、外へ出たいと言ったそうです。
ひとしきり外の空気を吸い、庭や近所を見回ってきたのでしょうか。
朝、畑のなかで静かに座っていたそうです。
「いろんなところにお別れを済ませてきたのかもしれないね」
母はそう言っていました。
トムはすべてをわかっていて、納得して、自分の死を受け入れたようです。
危篤の電話をくれたときには、もう少し冷たくなりかけていると言っていましたから
わたしも覚悟は決めていましたが
今、こうして書いているとやはり涙が出てきます。
ここ数日、トムのそばによりつこうとしなかった娘のクゥが突然、ニャーと鳴き
その声のほうへ少しばかり頭をもたげると
トムはそのまま静かに息をひきとったそうです。
落命の電話をもらったとき、キャリーのなかで寝ていたくまきちが、ベルの音だけでわたしの膝にやってきて、ぴょんと乗り、のどをゴロゴロいわせて体をすりつけはじめました。
遠く離れているのになんとなく、くまきちにも伝わったのでしょうか。
それから玄関へ出ていって、大きな声でしばらくの間、鳴いていました。
トム、トムばあちゃん、長い間ありがとう。
安らかに眠ってください。
トムは最後まで頑張ったし、幸せな猫でした。
トムの木は、これからまだまだ成長を続け、
いつかホンモノの苗木になって
世界のどこかへ植林され、それからもずっと生き続けます。
命は流転しながら永遠に、続いていくと思いたいから。
実は、トムが死んだ日は、アメブロをはじめて満4年。5年目に入る記念日でした。
特別なことをするつもりは、もともとありませんでしたが
こういう日を選んでトムが逝ったことに、なにがしかの転機を感じてしまいます。
08/09/27
ぷれこ
PS
トムの木と名付けたグリムスの木は、09年5月、5000本のヨーロッパアカマツの1本となって、モンゴルに植林されました。
モンゴルというのは、なんだか頑固なトムに似合う国のような気がします。トムはモンゴルで大地を肥やし、新しい命を育んでいきます。
