これは、19年前にカナダで別れるときに、I くんが私の出会い帳に書き記してくれたメッセージでした。

(当時、カナダで出会った人に、別れるときにメッセージを書いてもらうためのノートを作っていました。

自分も含め、そこでは皆が旅人なので、必ず別れることが分かっているからです)




人生五十年。少年老い易く岳(学)成り難し。

一日いや、一瞬たりとも無駄にはできぬ。

せいいっぱい、一生懸命生きましょう。


夢はでっかく 理想は高く!



 

 

実際、彼は50年も生きられなかった。

 


このメッセージをくれたとき、

 I くんはまだ、若干23歳でした。

 

それから20年近い時間を、

山に捧げることになるのですが。

そのとき I くんが自分の寿命を感じ取っていたかどうかは分かりません。

でもこんな言葉を記すくらいですから、

どこか生き急いでいたのかもしれません。

 

 

出会い帳は今も大切に保管していましたが、

帰国後、開いて見ることはほとんどありませんでした。

 

だから、I くんが私に書いてくれたメッセージの内容も、私は最近まで全然覚えておらず・・・

 

 

亡くなったことを知ってから、

何十年ぶりかに、出会い帳を開いて見たのです。

 

 

そうしたら、このメッセージが改めて、

今の私に、訴えかけるように飛び込んできました。

 



 

これは、20年近い時を超えて、

23歳の I くんから、今、42歳になる私へのメッセージだと思いました。

 

 

 

 

事実、彼が亡くなったことを知ってからというもの、より、自分にも残された時間というものがある、ということをすごく意識するようになりました。

 

一昨年、父を失って、「人は死ぬのだ」と実感しました。

でも、それは、

人は、「いずれは」死ぬという意味だった。

 

 

今年になって、I くんの死が教えてくれたことは、

 

「いずれ死ぬ」ではなく、

 

「いつ死ぬか」分からない

 

ということでした。

 

 

 

そう思ったら本当に

 

一瞬たりとも、無駄にはできない。

 

そう思えてきたのです。

 

 


彼は精一杯、

一生懸命に生きたのだと思う。

与えられた生命と時間を決して無駄にせず、

自分が「これだ」と思うものに注ぎ込むようにして、生きた。生き切った。



私も、これまで自分なりに精一杯生きてきた自負は多少なりともあります。

でも、改めてこれからも、

残されたどれだけあるか分からない生命を、精一杯、大切に生きていきたい。


 

私が思ったのは、もっと

「自分を大切にしたい」

「自分の人生を活かしたい」

ということでした。

 

 

それは、一つ前の記事にも書いた、

夕食時の家族との笑い話だったり。

その前の記事で書いた、一日を自分の小さな成功体験で満たしていくことであったり。

 

 

一つ一つの全てが、私の人生を彩り豊かにしてくれる。

 

 

 

父の末期がんが見つかって以降、

介護→看取り→社会復帰→育児と仕事に追われる日々で、ほとんどこのブログの更新ができていませんでした。

 

 

 

でも、近頃、自分の願望を見直したり、

ましてや身近な人の亡くなる知らせを受けたりするうち、私はまた、自然と自分との対話を始めることになっていました。

 

 

 

そうすると、やはり私の場合、

こうしてブログに残しておきたくなるのです。

 

 

鏡の前で、自分の顔を映して眺めるように、

私の心で感じていることを映し出すことで、

自分は今こんな気持ちでいるのかと。

客観的に眺めることができ、

私の人生(鏡で言うなら顔)も悪くないなぁ、と。

 

どんどん気づいていけるのです。


ただ、自分を振り返りたいだけなら、

ノートに書くか、パソコンにワープロで入力して置いておけばいいこと。



なぜブログなのか。



それは、誰かが見ているかもしれない、から。



それがもたらす緊張感は、他人に伝わるような言葉や表現を意識して書く、絶好の機会を作ってくれる。


単なる日記を書くよりも、もっと客観的で冷静な状態になれないと書けないし、そうやってまとめたものは、読み返した時に、やはり自分をとても冷静にしてくれます。

 


 

 

人生で一番大切にしたいことは、

何を成し得たかではなく、

何を感じてきたか。

 


だったかな。

私の大好きな、ベニシア・スタンリー・スミスさんの言葉です。

 

 

 

 

美しさとは、心震えるものに出会ったときに生まれるもの。


 

これは千晴さん(私の心の人)の言葉です。

 

 

 

このブログも、人生も、

美(心震えるもの)と、感じるもので満たしていきたいと、そう思っています。