スカートを着たことがほとんどなかったアラサー女性会員さんの成婚奮闘記⑤
こんにちは。世田谷を中心に東京*横浜で婚活コンサルタントをしています善本 恵です。4回に渡り連載してきたアラサー女性会員Mさんの成婚までの奮闘を綴ったルポ。スカートを履くことに強い抵抗があり、褒められると全力で否定する、そんな彼女が、紆余曲折を経てついに巡り会えたのは......最終章: ついに辿り着いたその日は雨の降る、冬の日だった。12月の半ば。年の瀬の頃。もう、今年のうちに出会う事は無いかもしれないと思って居た。夏前から活動を始めているのに、今に至るまで見つかっていない自分はもう駄目なんじゃないだろうか、と言う絶望も半ば。その男性からは、暫く前からお見合い希望がだされていたのに、私は誠に残念な写真を前に返事を保留にしていた。プロフィールを見る限り、申し分のないスペックである。理想的。と言う事も出来る。それでも、幾重にも重なったその人の人柄の、一番上の一枚である写真の所為で、返事を迷っていたのだ。随分と酷い話だと思う。望んでお見合いをするのと、望まれてお見合いをするのでは気持ちに随分な違いがある。望んでお見合いをして、断られるダメージは結構な打撃で、望まれた場合は、その半分で済むと言う気がする。だから、迷った挙句に、その「望まれたお見合い」を受けてみる事にしたのだ。 彼とのお見合いの場所は、ちょくちょくそれとして利用する自由が丘のカフェ。前回交際に至った人とも同じ場所で出会ったのだから、何か不思議なものを感じる。既にめぐさんと彼が話をしていて、そこに私が入っていく形となった。まず、初めて実際の彼を見て私は思い知らされた。写真が如何に信用できないものであるか。その人を表す一片でしかないと言う事が。決して美男子とは分類されないだろう彼は、しかし、写真では無かった眼鏡を付け、髪を整え、スーツを纏い、逞しい体と、長い睫毛が魅力の人だった。めぐさんのおかげで緊張しがちな空気も和み、私はまたウィンナーコーヒーを、彼は冬の最中だと言うのにアイスコーヒーをオーダー。ややあってめぐさんは席を離れ、二人になる。偶然にも、彼の実家は私の実家とそう距離が離れていない事が露見し、話は弾んだ。さらに、私の父と、彼の高校が同じである事。陳腐な表現だけど、運命なのだろうかと思わされる。ここで私は模擬お見合いでの反省を生かす事を試みていた。動物は好きか。猫は好きか。デートに行くならどこに行きたいか。水族館はどう?冬ならスケートもいいかもしれない。子供は何人?等々。印象的だったのは、彼が青紫色のネクタイを締めていた事だ。偶然だっただろうけれど、プロフィールで誕生日を知っていて、宝石が好きな私には彼の誕生石を想像してテンションが上がった。「12月の誕生石のタンザナイトやアイオライトは、丁度そのネクタイのような色なんですよ。」私はあの石の色が痛く気に入っていた。深海の青。月に纏わる夜の青。その石の示す12月に生まれた彼の中に、そんな穏やかで落ち着いた色を重ねて舞い上がっていく。時間は早く流れて行って、空腹が腰を上げさせた。雨は止む事が無いまま、私はワンピースにストッキング。コートを着ていたにしたって寒々しい服装で辛いものがあった。駅まで一緒に行きましょう。となるのは当然で、相合傘になるのもそう難しい事ではなかった。どうやって帰るのか。と言う話になると、お互いは逆方向であった。そこで彼は驚きの行動にでる。帰り道は逆方向なのに、私の帰る方向の駅のホームまで一緒に来て、電車を待つ事にしたのだ。寒さに震えていたらカイロを出し、マフラーを貸してくれた。こんな至れり尽くせりな紳士が日本にも居たのか。絶滅危惧種を見つけた気分になる。私が電車に乗って、見えなくなるまで見送ってくれたのは、彼だけであった。一度は交際に至った人でさえ改札で別れたのに。それ以降もすでにスケジュールは組んでいて数人はお見合いをしたけれど、この人以上と思える人は皆目いなかった。交際希望を出してから、返事が来るまで、祈る気持ちで待っていた。『あちらも交際希望よ。とても楽しかった、またお会いしたいって』めぐさんからの連絡の瞬間は安堵と嬉しさで全身の力が一気に抜けた。 初めてのデートは、アットホームだけどフレンチのフルコース。お見合いの時ほどじゃないけれど、スカートをはいて女らしい恰好を繕って挑んだ。それから水族館。デートコースは、私が決めて進めていった。最初に交際した人の時も、私はそうしていたのだ。そうせざるを得なかったとも思える。男性はデートで先陣を切るのは難しい生き物だと思う。人にもよるのだとは承知の上で言うけれど、予約を取っておくとか、仕事以外でスケジュールを組んでエンターテイメントを楽しむ。と言う行動がそもそもできない人が多いのじゃないのだろうか。彼に、「どこか行きたい所は?」と聞けば、「君の行きたい所で良いよ。」と解されるのが大抵。此方が提案したことに不服も無く、一緒に楽しんでくれる人なら幸い。しかしてプライドのある人はいる物で、自分が牽引したかったのに。と臍を曲げる人も少なくは無いのがややこしい所だ。「それならじゃぁ、どこが良いのか?」と言っても、「あまり普段遊ばないから思いつかないなぁ。」と探しもせずに返すのが常と言う。だからこちらはいくつかの候補をあげて、ババ抜きの様にカードを見せるのだ。「どこに行きたい?」では暖簾に腕押し。「どれに行きたい?」ならそこから選択してくれる。上手い事バランスが取れたのは、能動的な自分と受動的な彼が出会ったからだと言う事になる。 受動的なだけ。と言うのも酷く問題だけど。彼の反応は何時も遅い。悪く言えば優柔不断で、レストラン一つ決めかねて迷う。そんな彼が交際から3か月、結婚を決めてくれた。勿論、一生をかけた人生の選択に悩むのは仕方のない事ではあるけれど、これはお見合いなのである。普通の恋愛とは違う。出会った時から、【結婚を視野に入れたお付き合いが始まっている】と言う前提のもとに話が進んでくれなければどうしようもない。正直に、私には人並より自信の無い事が多い。伴侶になる彼には迷惑もかけはするだろう。それでも完璧な人間は何処にも居ない。相手の悪い所も受け入れて補い合えるなら、自分たちは前に進んでいける。何が決定打になったのかは、いまだに明確ではないけれど、彼が決めてくれたことで、急速に自体は進んでいく。筈だった。 出会ってからほんの数か月で、人生の大きな分岐点を左右するハンドルを動かすのはあまり楽な事じゃない。お互いが同じ力で握って、同じ方向へハンドルを切らなければ、脱線。崩壊もあり得る。その時に、数年付き合った恋人とは違う大きな誤差が生じる。【暗黙の了解が存在しない】と言う事。知り合って間もない以上、相手の感情の機微が語らずしてわかるわけがない。都合よく読み取ってくれるとは思わない事だ。人には超能力なんて備わっていない。「普通こういう時はこうする物でしょ!?」などと思ってはいけない。その普通が、同じく彼も普通であると言う事はあまりない。付き合いが浅くて理解が及ばないからこそ、言葉がある人類は猶更、それを駆使して向かい合わなくては進めないものだ。 その後紆余曲折はあったけれど、お互いの両親に会い、結婚の意思が明確なものになった事でめぐさんとの契約は完了する。結婚は人生のゴールではない。通過点であって、まだまだずっと続く先への途中。結婚するだけなら勢いで叶う。問題は、まだまだ未知なお互いをどうこれから知り合って、付き合い続けていくかを模索する事にある筈だ。私達はこれからも悩み、苦しみ、それでも繋いだ手を離さずに生きていこうと思えるか。長い長い挑戦に挑んでいく。そして死の床に臥した時、大変だったけれど満更悪い人生じゃなかったのだな。と思えるような人生を目指していきたい。自分に誇っていける様に。 一人で生きていくのは楽だけど、寂しい。二人で生きるのは大変だけど、楽しい。それが増えるなら、きっともっと大変で、もっともっと楽しい。そう望むなら、誰でも挑んでみると良い。時は戻らない。前にしか進めない。ならば今、目指す未来予想図に近づくためにできる事をしたい。一人じゃない。それがどんなに心強い事かを教わった。めぐさんにはアドバイスを貰ったり、惚気たり、怒りを弾けさせたりといろいろ話を聞いてもらった。彼女の存在が無ければ、同じく彼と出会う機会があったとしてもうまくはいかなかったと言う事は確信を持って言える。お見合いのシステムは、現代だからこそ理想的なのじゃないだろうか。どうか燻っているなら、諦めるより挑んでほしい。長い人生の分岐点を動かすハンドルを、一緒に握る人を見つけに。The End