J.S.Bachのピアノ協奏曲第一番ニ短調BWV1052を聴く。もともと初めて聴いてから20年近く経ち、思い出しては何回も立ち返っている曲の一つ。音源は着うたフル。これはケータイサイトの「クラシック・エッセンス・フル」からダウンロードしたもので、演奏はチャン・ヘーウォン/カメラータ・カッソヴィア。容量の問題で途中で切れているのが難点だが、私程度の耳には着うたフルでも侮れない。
しかも今日のようにハンバーガーに文庫本という状況でも、聴き始めると全身を注いでしまう。この演奏でも他のピアニストの演奏でも、昔からいつもおなじ何箇所かで、ぞくぞくっとしてしまうのだ。バッハについて私が今でもイメージする指導者的な厳格さや、教会音楽や、protestantismとはズレていて、官能的に美しい。
30分足らずの曲の中に、何か秘密があるはず。なぜ古くならないのか?当時も同じように受け入れられたのか?もちろん全曲聴いた訳ではないけれども、300年間生き残ってきた楽曲の幾つかは、その時間を越えて私の中に繰り返し再現されてくる。何が常に新鮮さをもたらすのか?
今やYouTubeもアリなんですね。便利な時代になりました。
...
