一人遊びで、踊ってたとき、
ふと、絶賛点滴中の左腕を見た。

・・・。

ん? 私、日焼けした?
私の左腕は真っ黒だった。
なんでかな〜???
写メ撮りたい〜w

点滴の交換に来た看護師さんに
「私、日焼けした?」って腕を出して言ったら
「あぁ、大変な手術だったから・・・」
「日サロ、日サロ」
看護師さんが笑って言ってくれて2人で笑った。

姉とかに腕見せて話したら、やっぱり大変だ、痛々しいって思うのか 「直ぐに良くなるよ」って言ってくれる。

私としては、
いや、スゲ〜なと。真っ黒だぜぇってネタに近いノリなんだけど、周りはそうはいかないらしい。

看護師さんが腹帯のチェックとかしてくれる時、「もうビキニは無理なんですねw」って冗談で言うと看護師さん、シュンとしてしまう。
そうか、このノリはダメなのかと反省。

自力でトイレに行く事になって病室もトイレの近くに移動。

ちゃんと、歩きました。
歩くようになると早いもんですね。
トイレは看護師さんに来てもらって見守られながら点滴台にすがって歩く。

顔は拭いて貰って歯も磨いてますが、髪の手入れはしてません。
長い髪を手術前に横にゴムでくくってからそのまま、乱れるに任せてます。

夜中に頭を、動かしたりしててゴムもズレまくり。そんなの気にしてるヒマ無し。

想像してください。
髪を振り乱した、決して顔色が良いとは言えない女が点滴台にすがってヨロヨロとトイレに向かう姿。
場末の花魁ですよ。

トイレの鏡見て、笑った。
ダメだろ。
って思ってもここはガマン。
たまにすれ違う他の患者さんに凝視されるけど仕方ない。

点滴が無くなって両手が自由になるまで場末の花魁は病室とトイレを行き来するのでした。
腰がいたいのは相変わらずで。
もうそれにも慣れてしまう

さてさて、次はお腹から出てる管です。
先生がやってきて説明です。

そろそろ、外す時期じゃないかと。
でもまだその時期じゃないのに外したらお腹に水がたまってしまう。
「え~~水がたまって抜くのって痛いじゃないですか・・・」
「大丈夫、ちゃんと麻酔するから、でも確実にでなくなるのを待っていたら管の傷が感染症にかかってしまうリスクがあるんだよ」

「ん~~。じゃ、抜きましょう。自分の身体に賭けます」

そしてさっそく、外します。
縫ってあるのでちょっと・・痛かったかな?

でもすごく楽になりました、
身体を横に向けやすくなったし!!
やっぱ管つきじゃねぇ~動けないって

食事も少しずついい感じになります。

腰が痛くて夜中に目が覚めるときに頭の中で鳴ってた曲は
SUPER JUNIORの「SORRY SORRY」
♪しょりしょりしょりしょり、寝かしはしないさ握りしめた手は~
この曲がグルグル回ってて
寝かしはしないさ・・・そういうことかよって思ってました。

そして気持ちに余裕ができて
ドンヘが作った曲 「HARU」がなってました。
優しい音でいい曲。。。心がほっとするような

この時、思ったのは・・
どうして ジュンスの曲じゃないんだろう
どうしてJYJじゃないんだろう

私にとってジュンスの音楽はどこか芸術になってて
それはそれで素晴らしいけど
人間って本当にきついときは壮大な芸術に耳を傾ける余裕はない

やっぱり日本語。
それと、心にすっと入ってくる優しい音
「HARU]は日本語じゃないけどドンヘの声と音が心地よくて


楽になったところでまた一難がやってきました。
相変わらず、下は管付で勝手に出てますが。。。
瞬間、尿意が・・・ものすごい尿意
そんなわけない、だって・・・勝手に出てるはずなのに
もう我慢できないって・・・いや、我慢する必要ないのに
この葛藤が続く。

出したい、出してしまえ・・・出ない?!
大人です・・・出せるもんじゃないから
何か、出たみたい。。。。大丈夫か?
看護師さんを呼んで確認してもらって問題なしだったけども
これが尿が出そうなときは何度もあるわけで・・・これってキツイですよ。

ずっとそれを繰り返した。
二回は完全に漏れてました。もう仕方ないですよね。
結局、尿道にいれてる管の風船?それを膨らまして尿が漏れないようにしてるんだけど
その風船が小さくなってて尿意&漏れになったということで

でもお腹の袋がないから寝返りが結構できて快適になってきました。
身体を動かしすぎてお腹の傷を保護してるテープが外れてしまうくらいです。

そうそう、看護師さんは毎日体を拭いてくれて着替えさせてくれて。
もうある意味、好きにして状態でしたけども、
医療用の靴下ってはかせにくいのに汗かきながらしっかりはかせてくくれて
足が浮腫まないように自動で足をモミモミしてくれる機械を装着

体温の調節がうまくできないのか、部屋の空調が悪いのか
暑かったり寒かったりで何度も来てもらいました。
思い出すたびに感謝です。

元気だし、ちゃんと歩く練習もしてるしってことで
尿管とおさらばの時間がやってきました!!

息を吐きながら・・・すーっと
でもね、抜くって聞いたとき・・・
ちょっと残念だった。
抜くってことは おトイレに自分で行かなきゃならない。
いちいち、起きて 点滴の電源を抜いて、のそのそ歩いて。。。
めんどくさい((笑))
だって、動けるとはいっても、自分の足をベッドの下に下すのも一苦労だし。

で、で、で
一番驚いてのは・・・
う○ちが出たことでしょうか。
もうずっと食べてないのに、飲み干す食事なのに・・・普通の量が普通に!!

看護師さんいわく、食べてなくても う○ちは出る そうで。。。
でも普通の量とは・・・不思議ですね。

かなり楽になって、ヒマなので・・・
ベッドを起こして・・・
歌って上半身で踊ってました
SUPER JUNIORの「Devil」
♪Devil シャワ~
個室だったので歌い放題、踊り放題でした。

これ、もし監視?とか音声とか拾われてたら
おかしくなったって思われるだろうな~~って思いながら

歌って踊って飽きたら寝る

一人遊びができる余裕が出来ました。








朝になり・・・

時計を見るのにも飽きたけど、見る

夜明け・・・看護師さんが動き出す

血液検査から一日がはじまり・・・
私はまだ食べれない朝食の配膳がはじまり

先生が様子を見にきてくれる・・
カーテンの上の空いたところから顔を出して
「おはよう・・・あれ、今日は元気ないねぇ」

「この状態で 元気だったらおかしいでしょ。。。(笑)」
管がつながってて動けないのに 元気って

「今日はご家族は来られる?いやぁ~ご家族には僕も元気をもらってるよ」

お調子者は患者だけでなく、家族もですw

午前中は歩く練習で今日は昨日の倍の距離
看護師さんがお誘いにやってきます。
もちろん、無理強いはしません。
私?当然オッケー。キツイけど看護師さんの提案は断らないって決めてたので

午後になり、家族ががやがやとやってきて
甥っ子がガサガサと何かを取り出して私の目線の先に・・・

とけい

手作りのドンヘの時計でした。
本当にうれしかったなぁ

あっという間に時間は過ぎて面会終了

しーんとした病室に私とドンヘ

ガスが出ない限り食事はとれないし・・・寝るだけ

腰が痛くて目覚めて・・・時計を見る
「もぉ~、何時だよ・・・あっ、ドンヘ。。。もう何時でもいいや 寝よ」
なんだかね、ドンヘの笑顔を見て
まだ朝にならないって思う気持ちがバカバカしく思えて
ドンヘパワーです。
ドンヘの笑顔に救われた?のかな

同じ朝がやってきて同じ時間
少しずつ動けるようになったけど腰の痛みは変わらない
自由に寝返りが出来るようになったらなぁ~

同じ時間が過ぎて同じ夜を過ごした

翌日、甥っ子がやってきたので ドンヘの時計の話をしたら
「ドンヘってすごいんだね」だって!

そう、病人にとって 夢を見させてくれる存在って大切ですよ
こっちは夢ってわかってる、その夢を壊さないでいてくれる存在はね

さてさて、
ガスがでないと食事はとれない・・・・けど。
先生と相談
「なにかガスでは無いけど気泡のようなものが出たような気がしないでもないんですよね」
「一か八か・・食事摂ろうか。それで腸が動いて出るかもしれないし」
「じゃ、食べましょうっ」

ほぼ、湯だけというお食事が出たのでした。
看護師さんは おいしくないけどって言ってたけども そんなことはなくて
ひたすら、粒はないかと探して飲みました。。。

そして先生の言うとおり ガスが出て一安心

同じ時間、同じ夜

ヒマではない。よく寝れる。でも腰は痛い

看護師さんが完全に麻酔がきれるから傷が痛むと思うよって言ってたのをふと思い出した。
そうか、腹切ってるもんね、この先どれだけ痛くなるんだか。。。
だってちょこっと手を切っただけでもあんなに痛いのに

・・・そういえば、痛くないわ。

手術をしたんだから痛いのは当然なんだけども その痛みはない
・・・まぁいいか

ドンヘの笑顔を見て朝を待って目を閉じる



ICUを出て、個室に移ったわけですが、
やっぱ時間の感覚はうすい。

鼻の管を抜いたのはICUだったか、個室だったか。

「大分、楽になるよ」って事で
そういえば、鼻の辺りに違和感
ずずずっと・・・抜いたのですが
いやぁ、長~い、長い

そりゃそう、胃の辺りまで入ってたんだっけ
これ抜いたら本当にスッキリ

そして、早速、歩けと
歩かないと腸が動かないし、身体の為にもって事で
え~。よし歩きましょう!

そっと電動ベッドを起こし、
お腹の左右に管が出てて身体から出る液体を溜める袋二個をポシェットのようなケースにしまい、首に掛ける

その不織布の袋には 力の一歩 って書いてあった。なるほど。

そっと足にベッドの下に降ろす事がなかなか出来ず、と言って手でおろすほどの力も無く、時間をかけて少しずつ。
スリッパを履かせてもらって立ち上がるのは助けてもらって点滴台にすがりつく。
点滴台の下に私から延びる別の管の袋を乗せてゆっくりと病室を出る

そろり、そろりと5メートルくらい歩いて病室に戻る。
この5メートルが、とても長くて
「生きるって、大変」
看護師さんに言って笑った

戻ってさっきと逆の事をして横になる。

ひと眠り、腰痛いを繰り返し

看護師さんのお世話に身を任して、医療用の靴下を履かせてもらい足のマッサージの機械に足を任す

本当に看護師さんにはお世話になりました。着替えからなにもかも。

眠るしかなくて、ても腰が痛くて。
眠るけど、2、3時間おきに目覚めて時計を見る。で、身体を動かして眠る。

とても長い夜でした
まだ、3時かぁなんてため息
朝が待ち遠しかったです

眠れないわけではなく、腰が痛いだけでよく寝てだと思います。

何も出来ないし、ヒマだし
早く面会に来ないかなぁ~

午後になると家族がドカーっとやって来て楽しくなります。

母「ねぇ、お母さん来なくてもいいでしょ、する事ないし。病院に来るとこっちが病気になりそうでいやなのよね」
母は病院が本当に嫌いなのです。
「お母さんはヒマなんだから、毎日おいで」
私もそんなにしゃべれないので小さな声で。
母はブーブーです。
「今回の事で、お母さんの寿命が五年縮んだわよ」
「大丈夫、私の五年をあげるから」
母は聞いて無かったろうなぁ。
でも、これは本気で・・・。
あげました(笑)

家族が帰った後は
また、腰の痛みとの戦いで、
人間は身体を動かせないとこんなに辛いのかぁと。

真夜中の時計を見てはため息
朝を待ってました

そういえば、父
お盆なのに来ないなぁ  なんて考えて。
去年はリビングのソファーに座ってたのに。

いえ、手術後に一番に感謝したのは父にでした。
ふと、あ~お父さん頑張ってくれたんだなって思ったんですよ。
「うちの娘は痛いのが苦手なんでよろしくお願いします」
そう言って関係各位←どこの?  にお願いして回ってる姿が浮かんで。

結局、手術以来、父を感じる事は無くなって。
もちろんその他の諸々も。
引き換えだったのかな

そんな事を考えながら、腰の痛みと戦う夜は更けるのでした。


なかなか書くという体勢になりません

なんっていうか、仕事から帰ったらまたまたソファで眠ってしまう生活に戻ってしまった

部屋の掃除は途中
結構、捨てました。
洋服は10袋以上、カバンに本に・・・

もっと捨てなきゃ

使わないものがたくさんあります

大切なものと、必要なものを残して

仕舞わない生活をしたいなと
隠さない収納を目指して

頭の中で色々考えて
やるぞ~って思って

いざとなったら、グッタリ

なんだろうなぁ

ごまかし、ごまかしやってきたけど
疲れてるんだろうなぁ

3日くらい休みたいけど休めない

有休はありません
休み過ぎるとまた、有休がもらえません。

逆算して休める日数を計算して
この先、何が起こるかわかんないから
残しとかないとね

今はちょっと、お疲れです。