夕食に食べていつもの様にテレビ見て。
んー、夜中に目が覚めて。
いやいや、本当はずっと気持ち悪くて。
寝たら治るかと思ったけど
何とも言えないムカムカ。
何度も寝返りをうって。
ウトウトしても眠れはしない。

夜が明けて、階下のソファに座るけど座っていられない。

気持ち悪い、どうしてだろう。
とうとう溜まった薬の副作用が来たのか。
部屋に戻ろうって思ったけど、万が一、吐いたら?降りて来る途中に吐いたら?

「気分、悪いの?」
『うん、気持ち悪い。どうしてかな。座っても寝てもいられない』

母は病院に電話して戻れって言いました。
まだ、正月じゃないから先生いるだろうし、治療費も正月料金じゃないだろうってw

話してる間も体調は、悪くなる一方でした。

普通なら拒否する所だけど、戻った方がいいと思いました。戻る前に病院に連絡しなきゃ、電話番号どこだっけ。

母は救急車を呼ぶと。
私も止めなかった。救急車で行くしかない。電話してる場合じゃないくらいに緊急度は達してました。

救急車を呼ぶ前に姉に連絡しようとした瞬間、私は一気に吐いてしまった。
もう止める事なんて出来ない。指の隙間から溢れる。

でも、私は冷静でした。
洗面器なんて間に合わない。
『タオル持って来て、バスタオルでもいいから』
そう言いながらも止まらない。
吐き続けてました。

私が偉かったのは
テーブルの上だけに吐いた事でしょうか。
絨毯には一滴もこぼしませんでした。
母が持って来たタオルで土手を作り、その中を吐き続けた。

大変ですよ。

真っ白いおニューのテーブルに○○。
もんじゃかと思ったw

ひとしきり、吐き終わって。
タオルは全て捨てた。服を着替えて、テーブルを自分で拭いて、除菌して。

 リビングの隣に布団を敷いて寝ました。
救急車と病院は様子見で。

少し、楽になったので落ち着くまで横になる事にしました。

病院に戻るかどうか、その後で考えよう。

洗面器をそばに置いて眠ったのです。



長くリビングの横の部屋で生活してると、母の不満が増えてきます。
リビングの隣の部屋に敷きっぱなしの布団がある事、お客様を入れられない事が不満なのです。

私が病院に行ってる間に掃除をしてくれるのですが、限界になり、ケンカが絶えなくなりました。ケンカって言うよりちょっとした言い合いですね。

私がビデオとか見て母の見たい韓国ドラマが見れない事とか?

元気なら部屋に行けー

私は意を決して?二階の部屋に戻りました。食事とトイレ以外は寝てるからいっか。夜のトイレに気をつければ。

毎朝、母は私の生存の確認に上がってくる事となりました。

年末は病院もお休みになるので、投薬もお休みです。

毎週必ず病院に行っていたのに行かなくていいって、何だか嬉しかった。

病院がいやなわけではない、予定が決まってないっていうのはね。

点滴しようがしまいが、必ず行かなくちゃならなかったのが行かなくていい。

楽しい年末年始のはず

いつもはソウルでジュンスと年越しだったのに家、何年ぶりかなぁ。

姉は初売りに行こうってお誘いで義兄の運転で行こう   なんて計画してて。

お笑い、笑ってはいけない  が観れる

駅伝も観れる‼︎

楽しみな年末年始

病気から少しだけ、解放された気分でした。






血液検査の結果はオッケー。
で。。。そうか、今日は先生、出張かぁ。
 
私は化学療法室で代理先生を待ちました。
初めての顔の先生でした。
 
・・・失敗。血液が戻らない・・・失敗。
失敗。リクライニングの台の上に失敗した針が散乱w
手の甲・・・痛いけどここなら確実です・・・失敗。
手首・・失敗。
じゃ、右手は? 失敗。
 
先生が焦ってるのがわかったので落ち着かせるために
『8回までならいいですよ。この前は5回失敗しましたから』←嘘ではない
 
代理先生はふと振り返った。
点滴用のベットがあります・・・
あっ、入れられないから太ももから入れる気だな って思った。
でも、使用中で残念。。。
私は冗談じゃないって思った。
 
焦ってる代理先生は一度刺した針を同じ血管の5ミリ上にもう一度刺した。
もちろん、失敗。っていうか一回刺した針を使っちゃダメでしょ。
 
結局、8回失敗して 他の代理先生を呼んだのでした。
っていうかさぁ、患者が気を使って8回って言ったからって8回失敗するバカがどこにいるんだ!
その代理先生は 次の代理先生に自分の失敗数を隠すためか、止血のパッチを一つ剥がした。全部剥がしたかったろうけどね。
 
無理って思ったら、潔く諦めれよ・・・患者の疲れは半端ないんだから。
 
第二の代理先生は すぐには来れなくて。。。
代理先生①は一時間以上苦闘してくれまして。代理先生②の到着はその30分あと。
 
代理先生②はすんなり入れてくれました。
 
昼過ぎに病院に行ったのに終わった時はすっかり日が暮れて真っ暗。
受付も何もかも終わってて、シ~~ンと静まり返った病院
 
これって、もしかして時間外料金????
焦りましたが、それは大丈夫。お支払はいつもカード払いだったのに終了してて払えず。
受付で借用書?を書いて来週払いますってことで帰宅しました。
 
あんなに元気だったのに
この投与で私は1週間全く歩くことができず、本当に寝たきりになりました。
気分が悪いとか副作用ではなく、心身ともに疲れ切ってしまったのです。
 
笑って話すことはできても起き上がることはできなかった。
 
この点滴の事を聞いた主治医の先生が様子を心配して電話をくれました。
「大変だったみたいだね。大丈夫?」
『先生~~、もう血管ありませんよぉ~~w』
 
翌週の投薬
その前日にやっと座ることができて、いつものように笑って病院へ。。。
精神的なものって どうしようもないって思いました。
image
片腕だけ記念に写真撮りました。
この裏に1箇所。右腕に3箇所かな?
内訳は正確ではないけど・・・大変でした。
 
 

 

3クールを過ぎてやっと ヅラを発注しました。

当たり障りのない肩までのボブ

前髪が長くてちょっとカットしました。

でも、なんだかしっくりこなかった。

 

基本、私はヅラを被りませんでした。

いや、購入当初はかぶりましたが・・違和感がある。

 

母は私が出かけるのを、いや私の姿を近所の方に見られるのを嫌がりまして。

ヅラを被れ、帽子はつばのついた顔が見えないものを強力に推してきました。

私が病気なことは完全に秘密でした。

姿が見えないことは 風邪をひいてしまったから。肺炎をおこしてちょっと入院しただけ。

それで最後まで押し通しました。

 

そんな母に反抗してってわけではないけど、ヅラとつばの付いた帽子は殆ど被らなかった。

どんな私も私。私らしく。

何も悪いことをしてないのにどうして隠れるの?

でも、ご近所さんと顔を合わすことはなかったです。

 

通院も目深にかぶった帽子で通しました。

見渡しても・・帽子の人って居なくて。

みんな、ヅラなのかなぁ・・・。まぁあまりジッとは見ないので何ともでした。

 

 

投薬日は先生の担当日ではないこと、話しましたよね。

なので、どうしても都合がつかなくて代理の先生の時があります。

 

もともと、わざわざ来てくれてたので仕方ないです。

でも先生は「上手だから、大丈夫だよ」と。

点滴のルートをとるのは大変です。同じ血管を使うことはないし、

毎週毎週太い血管があるわけじゃない。両腕・・・使える血管はずべて使う。

 

私、血管は太い方だと。。。

でも、失敗しちゃうんですね、代理先生。

代理先生が一回で入れてくれたこと・・・・殆どなかったです。

だから主治医の先生でないときは・・・諦めてましたよ。

三人?いや四人の代理に出会いましたが・・・事件は起こったのです。

 

長くなるので、次へ・・・

 

 

抗がん剤も順調にこなして?来ましたが、3クール目に入るのがなかなか。

ここからは次の段階という事で白血球の数値など、ある程度必要なわけです。

抗がん剤はガンをやっつける力で身体そのものも攻撃してるのと同じなので、ある程度復活してないと続かない。

身体は疲れやすかったし、ケガ、風邪は御法度です。自己回復力なんてないんだから。薬だって飲めない。

空気清浄機に守られた部屋で生活

本人は元気なつもりでも数値は低い
点滴出来ずにスゴスゴと帰る日々
三週間、何も出来ませんでした。

この頃は送り迎えしてくれてた姉達もいつもってわけにはいかない。
バスで通ってました。

ニット帽を目深に被り、マスクをしてゆっくりと歩いてバス停に。

点滴出来ずにガッカリしてバスに乗った時、おばあさんが「ここに座りなさい」自分が座っていた席を私に譲ってくれたのです。
えーーー、お年寄りに席を譲られるなんて
それは出来ない。近くにいたおじいちゃんに譲りました。
おばあさんはおじいちゃんよりも私に席を譲ってくれたのです。

私、そんなに具合が悪そうだったの?
自分ではちゃんとしてるつもりなのに。

三週間、投薬が飛んでしまったって事はそれなりに悪かったんだけど、それは身体の中の事。

まぁ、4週間後は数値が規定に達して投薬できましたが。
でも、3週間も空くと毛が生えて来てました。手の指の毛。
これ見て、
『薬、切れてきてるやないかぁーい』
って思った。
しかし、どうでもいい毛が生えてくるのはどうよw

投薬出来ずに帰ると、母がねぇ。
「どうしてこんな病気になったんだろうねぇ、何か悪い事でもしたのかしらねぇ、こんな罰が・・・」
意味無く、これまでの人生が悪いみたいに言う。まただ。

『いい、お母さん、よく聞いて。私は何一つ悪い事はして無いし、家族の誰も悪く無い。暴飲暴食も飲酒も喫煙もしない。これは誰のせいでもないの。たまたまこうなっただけ。だからこの先、誰のせいとか罰とか言わないで』
強く言いました。
これ以降、母は病気の事を何も言わなくなりました。

病気は誰のせいでも無い
だから反省もしないし、周りに申し訳無く思わない、自分を責めるなんてありえない。

強いて言えば、遺伝子のせい?

運命は乗り越えられる人にだけ試練を〜なんていうけど、そうも思わない。

こんなの試練じゃないよ

食欲もあって辛くもなんともない。
それでも、投薬が出来なくなるくらい、薬は強く身体に蓄積されていったのです。