みなさん、もうご存知ですよね。
ヨンハさんの・・・哀しいニュース。
朝一に聞きまして、冗談だと思いました。
でも、事実でした。
きっと本人にしか分からない苦悩と絶望があったんでしょう。。。
それは他人、いえ身内でさえ入ることの許されない領域かもしれません。
他人から見たら、大したことない事象であっても本人には耐えられないって事、あります。
もちろん、その逆もありますが・・・。
このニュースを聞いて次に思ったこと・・・
そんなもん、ありません。
私は、誰かを想像したり、心配したりはしません。
それは、彼らを信じているから。(ミ○ヨ運動ではないです)
彼ら2人の心を信じているからです。
必要以上に彼らを可哀相に思ったり、かばったりする気は毛頭ないです。
それは・・・2人だからではありません。
どっちも・・・同じです。
ジュンスに至っては「金の亡者・悪の権化」で結構って思ってますから。
人間はとても弱い生き物です。
周りの期待に応えようと努力します。
極論で言えば、
自分は何とも思ってなくても、
周りが「かわいそうに、なんて・・・辛いでしょ」なんていわれ続けると
そう受け止めてない自分はおかしいんじゃないか、本当は辛いことなんじゃないかと思う。
・・・受け止め方が足りない自分を責める。。。
みんながこんなに心配してくれてるのに・・・。
「あの人は悲しい結末を選んだけど、あなたはそんなことはしないでね」
「あなたはあの人以上に辛い立場にあるけど、がんばってね」
そう言われると・・・
あの人より辛い立場にいる自分は、そうしなければいけないんじゃないか・・・
だって、辛いんだから。。。
人間は期待に応えようとしますから・・・。
心配してるように見えて、そそのかしてるとしか思えない。
言葉ってコワいんです。
劇的な展開を求める、その渦中にいる自分に酔う。
そんなのは、ゴメンです。
この先のスケジュールも決まってて何も問題の無いように見えてても、
哀しい結末を選んでしまうんです。
何も問題が無いように見えても、それは本人にしか分からない事。
2人だろうが、3人だろうが心は個人のものです。
リスクは全員にあります。
もちろん、生きている人間全員が多かれ少なかれ持っています。
私は悲しんで、いたらぬことを勝手に想像する自分に酔う気はありません。
酔うのは、彼らの歌を聴いたときだけで十分です。
個人が何をどう思おうと自由です。もちろん心配するのも。
ただ・・・
誰かを思うなら、その人が大事に思っている人も大事に思うべきです。
この先、一つになることを望まないなら・・・それも、自由ですが。
パク・ヨンハさん
ご冥福を心よりお祈りいたします。








I HAVE~ 」の熱唱も 当然と思いながら圧倒されたし。。。