新人作業療法士のデイリーノート

新人作業療法士のデイリーノート

作業療法を提供するしているうえで”感じること”、”考えたこと”を綴っていきます。
幸せって何だろう?

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こんばんは。もはや、デイリーノートではなくモンスリーノートと化してます笑笑



そうはいっても、毎日気づくことに集中していた実習生の時代に比べ、目の前の患者さんの声を聞き、どんな介入手段がいいか考える今では、明らかに気づくことが難しくなったなぁと感じてしまっている今日この頃です。



ただ、気づいたことを忘れてしまっていることも多々多いとは思うのですけれども…。



そんな数少ない記憶に残っていることを書き留め、自分の成長の糧にしたいと思っています。



僕自身、元々下手な歯医者に歯をやって欲しくない!→ああ、そうか!患者さんも同じだ。もっと頑張らなければ。
と、学生の時から思っていたこともあり、様々な考え方や自分なりの気づきを取り入れているので今後も自己満成長過程ブログになりそうですが、温かい目で見ていただけると幸いです。



本題に入ると、気づいたこととして、どんな患者さんであっても辛いということです。



人間関係は相対評価だと思っています。
それはクラス1かわいい子がアイドルグループに入るとなぜか霞んでしまうように、自分の周囲の人間と特定の人を見比べて、特定の人がどんな見た目なのだろうか自分自身の主観で物事は見えてしまっているように感じます。



これは患者さんにも置き換えると、同じことが起きると思います。
僕らはいつも重度麻痺の患者さんから軽度麻痺の患者さんまで様々な状態の患者さんを見ています。
なので、症状が比較的軽度の患者さんを担当させていただくと、「全然普通に歩けますね。」や「今まで通りに生活できそうですね。」と感じることがあり、誤ってそのように伝えてしまったことがあります。



ただし、この言葉の裏には「(他の患者さんと比べて)全然普通に歩けますね。」や「(他の患者さんと比べてor前と比べて)今まで通りに生活できそうですね。」という枕詞があり、患者さんの評価がまだ荒かった前の僕はこのような言葉かけをしてしまっていました。



患者さんからすれば、「そうは言ってもこうなってしまったことが辛い」や「でもやっぱり動かしづらさはある」と思われるのは当然で、自然に相手を傷付けてしまったと深く反省した日でもありました。



どう考えても患者さんの気持ちとリハスタッフの気持ちや考え方は違うことを忘れ、明るく元気な対象者さんだったため、話している際に「そうは言ってもやっぱりつらいね笑」と言われたとき僕は自分の声かけに深く反省しました。



患者さんは患者さんの時間・人生を生きており、他者と比べられようとそんなことはご本人には関係のない事なんだと気づくことができたそんな日でした。



それまでは軽度麻痺の方はきっと現状の回復状態に喜び、満足されているのだろうと勝手な思い過ごしをしていましたが、どんな方でもどんなに軽くても、入院するということは何かしら生活に支障をきたしているということで、少なからず不安や傷心されているため言葉遣いや言動にも注意しようと感じました。