常識的でさわやか。
外来には主人のファンがたくさんいます。
この世界ではしょっちゅう転勤がありますが、直近の転勤でも外来患者さんが通院が30分以上必要にもかかわらず、主人を追いかけて病院を変わりました。
担当の患者さんが亡くなったらお葬式へほぼ必ず行っていました(今は知りません)
これは皆さんやってることなのかもしれません(どうなのでしょう??)
尊敬する先輩の医師がやっていることを真似して始めました。
これ自体全然悪いことではありません。
むしろ、患者さんの立場だったら、闘病が長ければ一緒に戦ってくれた医師が焼香に来てくれたら嬉しいのかなと思います。
(このあたり、体験をしていないので正直わかりません)
でも、何か、嘘くさいと思ってしまうフェイクさが常に付きまとうんです。
これって私がひねくれているのでしょうか。
側で見ているわたしが常に感じている主人の行動に対する「違和感」。
でもそれは文字にしてみるととても善人の行動、人格者の行動だったりするんですよ。
だから、私は私を疑う。
じぶんがおかしいのかな、と。
主人は大まじめです。
大義名分とか、信条とか話す時、心持ち鼻の穴が膨らみます。
でも、話した後の後ろ姿にリスペクトが湧き上がらないのは、どこかにある違和感のせいでした。
モラハラ人は、自分がない、といいますね。
尊敬する人(上に立つ人)と見下してもいい人に分けて自分の位置を確認する。
自分がどうしたいかよりも、そう見える為のパーツ集めに必死(無自覚)
だから、
俺は正しいことをしているぞ。
っていうときはめちゃくちゃ胸を張った姿勢だったり、
厳かな表情を三流役者のように作ったり、
すっごいフェイクなオーラを発するんですね。
だんだん毒舌になる私。
医者の妻がなんぼのもんじゃい。やめてやる。
と啖呵を切るには年をとりすぎました。
さて、これからどうしましょう。