あんのわすれないうちに。 -17ページ目

あんのわすれないうちに。

せっかく教えていただいたことを忘れてしまう前の( ..)φメモ

  表現の自由とか、言論の自由が保障されていますね、この国では。

記事にコメントという形でアメブロさんには述べられることができます。

 

  昨日見かけた文章で、なんであることについての批判や否定に感じられるものについて反対の意見や感情を持っている人がまるで喧嘩を売るような形で乗り込んでくるのか。

 

  表現の自由や言論の自由は保障されています。限度とか、内容の正誤とかはまた別の問題として、その、喧嘩を売るがごとくの行動は、「あること」の批判や否定が、まるでそれを支持している自分の存在を否定されているかのように捉えてしまうからなのだそうです。

  そう考えると、喧嘩を売るように乗り込んでくる人の行動がわかるような気がします。「あること」の批判、否定=自分の気持ち、信条、アイデンティティ、いろいろな言い方があると思いますが、まるっと自分の存在を間違いですと言われたと思えば、頭にもくると思います。

 

  ましてや、批判・否定と思われることの根拠が思い込みとかだったら、どうしようもないです。

 

  自分を否定されたように感じてしまう人には、みんなちがってみんないいとか、そういうのが通用しないんだと思います。あと、同じように感じたり同じようにたのしむ人たちをうらやましいのかも知れません。

 

  そこでも自分が違っていると思って疎外感を認識するのかも知れません。ブログや好みの世界は学校や仕事と違って、いなければいけないところではありません。その場が違うなと思えば、わざわざ、乗り込んでいかなくてもいいのに、正義感でも持っているかのように行ってしまうんですね、きっと。

 

  以前わたしは、自分がその場にいたので体験した日のことを、事実と違うことを記事にしていた方のブログにコメントで違っていますよ、としたことがありました。こういちさんのソロコンで、7人の侍の宣伝をせずにきんきさんのツアーの宣伝をした!とお怒りだったんです。真実はライブ前に何度も大画面で7人の侍の宣伝をし、ライブ後にきんきさんのツアーの各所の日時を同じ画面でテロップで流したんです。たぶん、ライブ前のその時間に来ていなかったか、席を外してらしたんだと思います。

 

  コメントの返事は自分が見たものだけが真実で、見ていないものは事実ではないとのこと、まあ、そういえばそうでしょうけれど、その人の信実と真実は違うのになと思いました。言葉の通じない異世界に住む異星人さんの存在をそのとき知りました。そして、そうおっしゃるなら、わたしの見たもの、真実をお話して分かっていただこうともしました。その方以外にもです。でも、その方のお仲間とも思える異世界に住む異星人の方々はみなさん、言葉が通じないのだと思い知らされました。今はなき、スタブロ界のあったころのお話です。

 

  少し経ってこちらでたのしくお話をされている方々を知っていろいろ勉強させていただきました。たのしいがたくさんあるっていいなと思いました。そういうふうにファン活動はしていきたいと思います。

 

  ファン活動は続けるも離れるも強要なんてされていません。自分で選べるんです。