カマイタチのパンチライン -18ページ目

アンダー

東京なんて一番来たくなかった。
7年前、つぶしがきかなくなったとき俺ができることはデザインしかなかった。
それもバタくさい3流だけど、それでも雇ってくれたのは最初の会社の社長だった。

東京いくのはいやだったけど…しかたなかった

都会憧れは強かったけど大阪くらいがちょうどよかったな。大阪人は人情がありまっせ!て言うのはウソだって身に染みて知ってたけど。都会具合はほどよかった。
でも仕事がなかった。

今は生活や人間関係上ここで暮らすしかどうしようもない。

希望はない。不安はなら売るほどある。


いつだったか昔の友達が言ってた

自由になんて一瞬でなれるで…て。

あの頃ならなれたかも。

今は自由になれてもすぐのたれ死ぬわな。

ききょうや

久しぶりの里帰りは楽しかった

ピラチンのようだった友人と飲んで遊んだら
すっかり大人になってた。

親戚や親とも話がはずみ
あんなに嫌いだった故郷がやさしく思えた。

東京帰るとまた地獄がはじまる

地獄がはじまる。

泣け

唯一の居場所仕事終わりのネカフェで
となりのリーマンがシクシク泣いてた。
俺も1日中罵倒され夜中帰れば養ってやってるやつにイヤミと精神攻撃をうける毎日。
この時間だけが救われるじかん

俺も泣けてきた

今日も帰ってひとしきりイチャモンに朝方まであやまって2、3時間寝たら会社に行って深夜までイチャモンにあやまって…

ネカフェに行ける時間があればまだマシ

そんなに誰かにあやまってもらって、クズの自分をよく思いたいのなら

ごめんなさい て録音しておいてやるから
ipodで1日中爆音で聴いてろ。