去年の夏だったかに、体育の授業で、1年生の縄跳びできない子を立たせて問題?話題になってましたよね
うちの子もまた今年も縄跳びの体育授業がやってきて
先生から、名前を呼ばれちゃうそう。怒ってたと息子は言うけど縄跳びごときで先生が怒ってはないと思うんやけど。
皆で揃って跳ぶときに、遅れてるよー!て、先生から言われる…と。それが怒られてるように聞こえるんでしょうね
息子の気持ちは、
頑張ってるのに!できないものは出来ないのに、それを怒るってなんなん!?
あの学校最悪!!て、涙目で、体育の翌日朝に、話し出した
自閉症特性、突然嫌やったこと思い出したんでしょうね。朝家を出る直前に。(保育園の時から、朝に、突然昨日の出来事話しだすのはよくある。夜はなにも言ってなかったのに、ていうパターン)
それでも行き渋るわけでもなく、その日もまた体育の縄跳び授業あるけど、ちゃんと行ったからえらいと私は思う
先生も、皆揃うことを目指して皆で頑張る、それが正しいと、そういう教育を受け、そういう先生になるべく教育も受けてるんでしょうし、先生が悪いわけではないかもしれないけど、、、
息子の気持ちになると、こういうところがまさに自閉症の生きづらさだよなと思う
私が望む先生像は、
自閉症、不器用でDCD傾向あり、支援級である生徒の存在も理解した上で、あるいは、もし、こういう(不器用な)生徒が支援級の生徒ではないとしても、
縄跳びが揃わず、明らかに遅れてる生徒がいても、
怠けてるわけではなく、一生懸命取り組んでると信じて、
指摘せず見守ってほしい。
(こういうの定型児親から見ると甘〜と思われるんでしょうね)
わざわざみんなの前で名前を呼ばれることで、自尊心低下、(息子は、休日も縄跳び跳べるよう一応訓練はしてるけど)やる気の低下に繋がるのではないでしょうか。
これをわざわざ先生に言うのは、モンペだと思うけど
私は言いません。息子もそんなことは望んでない。
これが社会ですもんね。
ただ悲しかったこと聞いてほしかった、味方がいること確認したかっただけかもしれん
私もなにより、そんな小さなこと気にしない強い心持ってほしい。成長してほしい。という願いがあるだけ。
(だけど繊細ですぐ涙が出てしまうのも自閉症特性で仕方ないんやろな…)
学校も先生(悪い先生ではない)も変わらない。
社会で生きていくために息子の成長を願うしかできない。
自分にとって理不尽?に思えるような出来事があっても、これからもこじらせることなく過ごしてほしい。
本当に些細なことなんですけどね。