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真夏の涼風のブログ

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 福岡県久留米市の職員が税関係書類を廃棄処分するため市役所の外に運び出そうとした際、突風が吹き、約300枚の書類が飛散した。市が18日、記者会見で明らかにした。同日までの2日間で延べ約70人の職員が周辺を捜索。ほぼ回収したが「万一見つけた人は届けてほしい」としている。

 書類は昨年分の住民税申告書などで、ダミエ 住所や氏名、所得などが記されている。

 市によると17日午後、市民税課の男性職員2人が、税務作業を終えた書類6万枚を市のごみ焼却施設の大型シュレッダーにかけるため車で運ぼうと、台車に載せて市役所の外に出た。

 東日本大震災の犠牲者の遺体を運んで、連日650キロ近くを運転したボランティアがいた。霊柩(れいきゅう)車の業界団体からなる「全国霊柩自動車協会(全霊協)」の会員たちだ。遺体安置所から火葬場へ、そして遺骨を抱いて避難所へ戻る10日間だった。被災地から戻ってからも、知人にボランティア体験をすすめるなどつながりを持ち続けている。

 震災発生から1週間後、秋田県大仙市の葬祭会社長の加藤正則さん(53)と同業者で同県能代市の藤田秋次さん(62)は、前線拠点の盛岡市に入った。全霊協が、災害時緊急輸送協定を結んでいる岩手県から出動要請を受けたためだ。食事やガソリン、シャネル激安のスーパーコピー 寝る場所は何とか確保したが、肝心の骨箱が足りなかった。急きょ秋田に戻り、都合がついた数だけを持ち帰った。

 出動初日は3月19日。山田町の遺体安置所だった。外見は普通のワンボックスカーと変わらないが、中には遺体を安置出来るようになっている「霊柩寝台車」で午前4時に盛岡を出発し、国道106号を東進し宮古市へ。そして国道45号へ入り山田町へ。

 墓石の上に消防車が載っている。漁船が橋の欄干でくの字に曲がっている。テレビで見ていたが、「想像を超えていた」と加藤さん。「安置所に並ぶ無数の納体袋はマグロ市場みたいだった」と藤田さんは振り返る。

 妻を亡くした男性は、自身も津波にのまれたが、泳いで助かったと話した。ばあさんはまだ見つかっていない。息子は水圧に飛ばされて、どこかの屋根まで飛んで助かった。津波から10日近くなるが、いまだに着の身着のままだ……。

 静岡県浜松市天竜区の天竜川で川下り船が転覆し、2人が死亡、3人が行方不明になっている事故で、運営する天竜浜名湖鉄道(同区)が、2003年に他県で起きた事故を受けて乗客全員への救命胴衣の着用義務化を検討しながら、川の流れが緩やかなことなどを理由に導入を見送っていたことが分かった。

 同鉄道は「今考えると、安全意識が足りなかった」としている。

 同鉄道は、12歳以上の乗客への救命胴衣の着用を義務付けておらず、代わりに救命クッションを乗客に提供している。クッションは40センチ四方で厚さ約6センチ。船上では座布団代わりになり、転覆時には救命具になる。両腕を二つの輪に通し、胸の前で抱きしめるようにして使う。

 天竜川の川下りをめぐっては03年5月、長野県飯田市で「天竜舟下り」会社(同市)の観光船の転覆事故が発生。京都府内の中学生らが川に投げ出され、生徒らが負傷した。同社は翌月、救命クッションに加え、乗客への救命胴衣の着用を義務付けた。