なんとなく、吐き出したくなったので書いてみます。
娘が亡くなった日の私の思いを詳しく書いています。
ご自分のことを思い出して、辛くなる方もいらっしゃると思います。
それを踏まえてご覧になってください。
唐突に娘が亡くなった日のことを思い出しました。
今でも鮮明に覚えています。
陣痛が来たことを病院に電話したとき、胎動があるかどうか聞かれて昨日からあまり感じられないと言うとすぐに来てくれと言われました。
私はもうそのときに少し覚悟していたと思います。
でも、そんなわけない、まさか予定日前日に亡くなるなんて……あるわけない。
そう信じようとしたけど、身体の芯から冷えていくような恐怖に支配されて……今から出産するというのに喜びなんて一つも感じられませんでした。
でも、夫や両親は私がそんなことを考えているなんて知る由もありません。
だから、恐怖を必死で隠して、笑っていました。
今でもそれを思い出すと、とても苦しいです。
別にその場にいた誰に分かってもらおうとも思ってはいないのですが、あの場の浮き立つような雰囲気とは全く逆だった私の心中を思い出すとどうにも辛くなってしまうのです。
病院には夫と両親が着いてきてくれたのですが、正直夫だけと一緒に行きたかったです。
病院に着いてNSTしたときには、もう娘の心音は取れなくなっていました。
それで、ああやっぱり……と思いました。
でも、2%ぐらいは嘘だと思いたい気持ちがあったかな。
そこから先生にエコーで診てもらうことになったのですが、その待ち時間が一番地獄でした。
娘が亡くなっていることなんて微塵も予想もしていない皆と、娘の死を覚悟していた私。
私は普通を装っていたつもりでしたが、動揺を隠せていたかどうか。
その後夫と一緒にエコーを見るために、診察室の前の長椅子に座っていたときに、少しでも何かに縋りたくて夫の手を取ったことを思い出します。
私の手があまりにも冷たかったことに夫は気づいていたでしょうか。
私の様子がおかしいことに気づいていたでしょうか。
もうこのときには恐怖を隠しきれていなかったと思います。
そしてエコーをしてもらい、残念ながら心臓が動いていません、と告げられたとき。
もう頭の中がぐちゃぐちゃで、覚悟していたはずなのに、うそうそ嫌だ嫌だ嫌だって何度も頭で繰り返し思いました。
娘が産まれるまでに私が泣いたのはこの宣告時のときだけです。
そこからは出産することだけに専念しました。
わりと順調に陣痛もついてきて、段々と何も考えられなくなっていたというのもありますが。
でも、なんで計画無痛分娩にしなかったんだろう、その選択肢も視野に入れていたのに、どうして直前になってやめちゃったんだろう、もっと早くに産めていたらきっと娘は助かっていた、そんな後悔だけは強烈な陣痛中も頭の中をぐるぐるしていました。
娘が産まれてきてくれた時、旋回異常のような状態になっていたみたいでもう少しで帝王切開になるところだったみたいです。
でも、もう亡くなっていたのに、どうにかこうにか頭をちゃんと下にしてくれて、無事産むことができました。
なんて親孝行な娘なんだろうか、と後からその話を聞いたときに感激しました。
娘を初めてこの腕に抱かせてもらったとき、「かわいい……」って思わず口から出ました。
本当に眠っているだけのようにしか見えなくて、可愛くて可愛くてあの瞬間は不思議と幸せしか感じていなかったと思います。
またあのときのように、娘を抱っこしたいな。
自分の心の整理をつけたくて書いてみましたが、ここまで読んでくださりありがとうございました。