マクロの外にはなにがあるのか
ミクロの中にはなにがあるのか
ときどきふと
空想にふけることがあります
それはきっと
マトリョーシカのようなもので
マクロは果てし無く拡がり
ミクロも果てし無く細分化され
"果てし無く"の文字通り
"果ての無いもの"なのだろうなぁ
と
そしてそのような
"未知の領域"があるからこそ
人は好奇心に突き動かされ
探索を止めないのだろうな
と
「早く一定ラインにたどり着き」
「そこまでの方法を効率化したい」
「その上でできた時間的余裕を」
「また新たな効率化の模索に掛けたい」
飽き性の私は
何事に対してもすぐそのように思い
効率化の道を探ってしまうのですが
効率化しなければならいと思うことは
次から次へと
それも同時多発的に現れ
いつまで経っても時間的余裕はできず
また
ラクになることもありません
きっと
一生をかけたところでその
"一定ライン"とやらには
たどり着けないのだろう
そしてそれも
マクロやミクロと同じで
"果てが無い"からこそ
模索という探索を続けるために
"今日もなんとか生きる"
ということに
繋がっているのかもしれないな
と
マクロの外にはなにがあるのか
ミクロのなかにはなにがあるのが
望遠鏡をのぞくように
顕微鏡をのぞくように
これからもときどき
空想にふけりたいと思います
