仕事をしてても
採用面接をしてても
"そこに思いがあるか"
は簡単に見抜けます
"思い"
をもう少し重たく言うと
"魂"
になりましょうか
誤解を恐れずに言うと
"思い"は
自分勝手なものでも
邪なものでも
最初は良いと思います
ラディカル過ぎるものもいずれ
社会の荒波に叩かれ揉まれ
相応に丸まっていくものだと思うので
タチが悪いのは
なんの"思い"もなく
"惰性"
"怠惰"
"他者・環境依存"
"責任回避・転嫁"
"思いつき"
"無責任"
あたりでしょうか
それらが垣間見える発言の空虚さは
まるで
あらかじめ録音された音声を
繰り返し再生する装置が内蔵された
ぬいぐるみか木製の人形のようです
どんなものでもいいから
発言には
"思い"を込めるべきだと思います
