"面倒臭せぇからもういっか"
そう諦めて流してしまうことが
次の面倒臭さを産むのだと
つくづく思います
たとえば口論
いつまで経っても平行線だと
"嗚呼、これいつまで続けなきゃいけないんだろ"
と思うと同時に
"面倒臭せぇからもういっか"
"相手の言うとおりにしとこ"
となってしまったり
たとえば環境
散らかってるので片付けても
いつのまにかまた散らかっている
そしてやっぱり
"面倒臭せぇからもういっか"
と
いずれも
問題の解決になっていないどころか
悩みの原因の増長を促し
先の例えの場合
次回はさらに
無理難題を突き付けられることとなり
後の例えの場合
いつまで経っても関係者が
片付けるという発想に至らない
というわけで
どんなに面倒臭さかろうと
最後まで
少なくとも自分の心にケリが付くまでは
闘うことを諦めてはならないのだ
と思ったりしています
