塩炭酸 -15ページ目

塩炭酸

都々慈(躑躅)が運営するブログ。時折厨二。

ああああ。
今日から、学校です……。
面倒。
朝出る時間が判らなかった自嘲。
しかもバスが来ない!
人が居ない!
不安すぎる。

都々慈(躑躅)

答えは手前の名前。


いやああああああああああああああああああああ!!!!!

明後日学校!

明後日テスト!

絶対無理だあああああああああああああ!!!!!!!

何故なら!

勉強してないからね。

頑張って勉強しないと。

でも、全然集中してないので勉強できないんですよ。

あああああ。

頑張ってきます。


都々慈(躑躅)

はい、どうも。

軽く放置気味で申し訳ないです!

冬休みも終わりますね。

あたしは来週の月曜からなんですけれどもね!

正直家に引き篭もっていたい人なので!!!←


今日は、ちょっとテーマに準えて記事を書きたいと思います。


【人の上に立つと云う事。】

※此のテーマで書くからと云って特に最近何か問題があったわけではありません。

※一個人としての意見と云うことを頭に入れて置いてくださると幸です。


私自身、人の上に立つことが多かった訳ですが、個々の人を纏め上げることはそう簡単ではありませんよね。

俗に言うカリスマ性がある人はどうかわからないのですが。

私は人を纏める事に特化しているわけではないので、苦労した記憶が多々在ります。

人の上に立つと云う事は、同時に責任を負わなければいけないのです。

其の責任を負う覚悟がないと人を纏め上げることは出来ないし、上に立つ資格もないものだと思います。

身勝手に組織を編集、解体されても困りますし、都合が悪くなるとすぐに下の責任にする……此れは上に立つ人の風上にも置けないと思います。

しかし、その負わなければいけない期待や責任は、重いのです。

誰かが失敗をすれば、謝罪するのは当然責任者。

その謝罪のためにプライドも総て捨てなければならない。

当然生半可な覚悟じゃ出来ないことだと思います。

責任者としての自覚、そして其れに対する覚悟が必要になってくるのではないでしょうか。

ただし、その自覚は時に仇となります。

まとめなければいけないという責任から、焦ってしまう。

そうなると纏まるものも纏まらなくなります。

私は、それで何度も失敗してきました。

誰にだって温度差はあるもので、その温度を相手に押し付けたりすると、必ず失敗します。

属するものに責任がない、といえば語弊がありますが、その責任の重さは違う物だと思います。

自分は焦っているのに、何故周りは焦らないのか。

その怒りからか、私はその焦りをぶつけてしまった事があります。

もう此の時点で、上に立つ資格はなかったのですが、今更後に引けませんでした。

勿論纏まらずに、終わってしまいました。

周りのムードを活発にするのも、上に立つ人の仕事なのです。

それをどうして行くかで仕事に対するモチベーションも違っていきます。

ただ、何を如何すればそれがうまく行くのかが問題です。

経験上、此れが正解というものは在りません。

しかし、多くコミュニケーションをとったり、メリハリ、ケジメをつけるというのは成功の第一歩だと思います。

また、一日ごとに目標を決めるのも初歩的な手です。

更に、纏め方についても成功するか失敗するかが決まります。

独裁的なやり方は疎遠されます。

此れではまとまりません。

かと云って、意見をぽんぽん入れていけば矛盾が起こり対立してしまいます。

意見を入れることは大切ですが、全員の意見を聞いて、多数決だとかすることは誰だって出来ます。

此れでもまとまりません。

結局のところ、どうすればまとまるのでしょうか。

私は其の答えを持ち合わせてはいません。

人を規則で縛りあげるのも一つの手、自由にするのもまた手です。

結局万人が納得できるような案はないのです。

一概に無い、とは言えませんが、私は知りません。

ただ、決断力、責任感、コミュニケーション能力、信頼性、計画能力、社交性は必要だと云う事。

上に立つ者にはそれらが求められるのです。

それを兼ね備えた上で、自分の為にではなく、その相手の為に何が出来るかを考え、行動したときに漸く人を纏めることが出来るのではないでしょうか。

私はそう思います。


長文、加え乱文を読んで下さり、有難う御座います。

私の一個人の意見として、書かせていただきました。

本当に人の上に立つことは難しいですよね。

私も精進せねば。

この先、先だって人を纏めなければならないときに纏めるに相応する人になれたらいいなあ、なんて。


読んで下さって有難う御座いました。

都々慈(躑躅)