ブログを約一年更新していませんでした
前回のブログにたくさんの【いいね】
ありがとうございました
今日、ふと見たらいいねの数が
興味を持ってくださる方がいらっしゃるのだ
と感じ、遅ればせながら
続きを書かせていただきます
父の手術は最初の段階では12月9日の予定で
そのまま順調に検査も進んでいましたが
心電図の検査で引っかかりまして

執刀医の予定のお医者さんは『大丈夫』
とおっしゃったのですが
循環器のお医者さんが『要再検査』
とおっしゃり、手術が二週間延びました
きっとここから何か違う道を走り出したかな
と、その時から母と『うーん』となっていました
12月23日の手術は順調に終わり
切除した胃を広げたものを見せていただき
『あっ、キレイやん』と言うのが
その時のわたしの一番初めの感想でした
説明の時に言われていた
【膵臓を触って膵液漏が起こる】
も無く終わった
と、その時は説明されました
その時は。
背中に麻酔も入っているので
術後2日目位から元氣で
『お父さん元氣やで!どこも痛いことない』
と自分で言いながら病棟を歩いていました
それが、5日目くらいからか?
顔色がよろしくなくなって
お腹を痛がるようになって来たのです
しかも毎回【ドレーンを交換した時】
年末年始になって
病棟の看護師さん達も少なくなり
こちらから質問してもスッキリした返事が
返ってこなくなっていたのです
あとから知ったのですが
執刀医の先生は氣になる事があったようで
休みの中、何度も父の様子を見に来ていたのです
年が明けた2020年
父の顔色が日に日に白くなっていき
それまではエレベーターの所まで
見送りに必ず来ていたのが
『ちょっと痛むから』と言って
ベットから起きて来なくなっていました
さすがに退院予定も過ぎて
素人のわたしが見ても具合が悪そうだし
『執刀医の先生から話を聞かせて欲しい!』
と看護師の方に伝えたら
『今日はもう帰られて、三連休で先生はお休みなので、連休が明けたら話してもらえるか確認しますね』
と、ふざけた返事をするので
『はっ?話してもらえるか?退院がこれだけ延びてるのに、家族に何の説明もないのおかしいでしょう?必ず説明してください!!と伝えてください』
と、心の中で『ふざけんな!』と思いながら
きっとこんな顔で
伝えたと思います
実はこの時【膵液漏】で
父の身体は大変なことになっていたのです
この後、父は生死の境を彷徨います
わたし達家族は
手術室から生きて出て来ない可能性を
医師から伝えられます
それは退院を来週予定と伝えられた2日後に!!
この続きは次回に
早く書きます

何方かのお役に立てていたら嬉しいです
最後までお読みくださり
ありがとうございます
神ちゃん
