今日は内なる自分への旅にご招待します。

ある日、
熱があり寝ていた私は、
覚醒の時に、頭がぼーっとした状態であった。
夢なのか、幻聴なのかは分からない。
声が聞こえた。
「外に見ている景色は自分の内を表している鏡だ。」
「つまり、友人や、一番側に居る人達も全てお前の写し鏡だ」
といくつか精神世界関連の本を読んでいたので、何となく意味は分かっていた。
この日本当のその意味の深い部分を知ったのだ。
そして、私は思考を巡らし
今までの出来事を少し振り返ってみた。
まだ声は続いた。
「本当の愛を知る為のレッスンである」
「自身は愛そのものである」
「本当に学び終えた時に、分身である片割れと結ばれるだろう」
誰の事かは、姿が浮かんだ。もう私は出会って居るのだ。
私は質問をした
「それじゃあ◯◯はどうして、自分を傷付けて居るのですか?私にはそう思えます」
「それは君自身がそうだからだ」
はっとした。過去に鏡の法則と言う本を読んでいたので、意味が理解出来た。
「無償の愛で、癒やす事が出来れば、◯◯も本当の幸せになる事が出来るであろう」
私は◯◯の結婚相手の顔が見えた。
※(◯◯はお好きな名前をどうぞ、一番身近な友人当てはまりそうな人の名前を入れて見て下さい)
質問を続けた
「では、彼女は(友達を思い浮かべながら)傷付く恋愛を繰り返して居るのですか?
それをどうして私は聞いて居るのですか?」
「自分自身経験してきた事を、振り返り気付きを深めるまで、何度もお前の鏡として写しだされるであろう」
経験(行動)と学びはセットで理解されると言うのが頭に浮かんだ。
私は、私自身を愛しきれて居ない。コンプレックスの塊でもあり、人をうらやましく思う事も沢山ある。
自分を愛しきれて居ないから外の世界(現実)で、沢山の愛を求めてる。
本当の事に注意を向ければ、友人からも愛され、家族にも愛され、自分がこの人良い人だなと思える人達とは小さな愛の交換をしているはずだ(男女のという意味では無い)
なのに、もっともっとと、欲張りにもなり、求める事だけに意識が集中している。
きっと私がこの世とは別の世界に行く時(死)には涙を流してくれる人は居るのだ。なのに何故もっともっとだったのか。満たされない思いがあるからだ。こうすれば相手はこうしてくれると言うのも少し分かって居るからか、
いつからか人は見返りを求めるようになる。
無償の愛とは見返りを求める愛では無いのだ。
植物を育てる事や、ペット、ボランティアなどそれぞれの形で人は無償の愛を知る。自分より弱いモノには人は優しくもなれる。強いモノには甘える
色んな連鎖がある。恋愛が一番愛を学ぶレッスンかも知れない。
自分がやっぱり可愛いの(自己中)と
自分自身を心から愛しているのは今回は、話が別だ。
今一度、友人や家族など回りを見回してみよう。
見えてくる問題点は、ほとんどが自分が作り出したモノや引き寄せたモノ。
魂のレッスンの為に必要な事なのだ。
私の今の魂のレッスンは愛だった。
それぞれがそれぞれの課題を選んで生まれてくる。自分で決めて生まれてくるのだ。いくつものレッスンと共に成長し、本当の自分自身に辿り着く螺旋階段を上っているのだ。
「人は幸せになる為に生まれて来たのだよ」「お前が愛そのものだ」
目が覚めた私に強烈な癒やしがおきた。
聴こえて来た声は夢なのか、幻聴なのか
そんな事はどうでも良かった。
また少し眠ろう。
~~~END~~~
これを読んだ人が思うことが、アナタのレッスンの課題への近道となりますように。レッスンを決めて生まれてくるのに、何故レッスン(必要な修行)を忘れるんでしょうかと問えば、必要に応じて課題をクリア出来るように前もって自分がそれぞれ人生のどこで、レッスンするか用意してたんだと思いますよ。
生きる事の意味に気付く為に世の中には沢山のガイドが用意されています。

ある日、
熱があり寝ていた私は、
覚醒の時に、頭がぼーっとした状態であった。
夢なのか、幻聴なのかは分からない。
声が聞こえた。
「外に見ている景色は自分の内を表している鏡だ。」
「つまり、友人や、一番側に居る人達も全てお前の写し鏡だ」
といくつか精神世界関連の本を読んでいたので、何となく意味は分かっていた。
この日本当のその意味の深い部分を知ったのだ。
そして、私は思考を巡らし
今までの出来事を少し振り返ってみた。
まだ声は続いた。
「本当の愛を知る為のレッスンである」
「自身は愛そのものである」
「本当に学び終えた時に、分身である片割れと結ばれるだろう」
誰の事かは、姿が浮かんだ。もう私は出会って居るのだ。
私は質問をした
「それじゃあ◯◯はどうして、自分を傷付けて居るのですか?私にはそう思えます」
「それは君自身がそうだからだ」
はっとした。過去に鏡の法則と言う本を読んでいたので、意味が理解出来た。
「無償の愛で、癒やす事が出来れば、◯◯も本当の幸せになる事が出来るであろう」
私は◯◯の結婚相手の顔が見えた。
※(◯◯はお好きな名前をどうぞ、一番身近な友人当てはまりそうな人の名前を入れて見て下さい)
質問を続けた
「では、彼女は(友達を思い浮かべながら)傷付く恋愛を繰り返して居るのですか?
それをどうして私は聞いて居るのですか?」
「自分自身経験してきた事を、振り返り気付きを深めるまで、何度もお前の鏡として写しだされるであろう」
経験(行動)と学びはセットで理解されると言うのが頭に浮かんだ。
私は、私自身を愛しきれて居ない。コンプレックスの塊でもあり、人をうらやましく思う事も沢山ある。
自分を愛しきれて居ないから外の世界(現実)で、沢山の愛を求めてる。
本当の事に注意を向ければ、友人からも愛され、家族にも愛され、自分がこの人良い人だなと思える人達とは小さな愛の交換をしているはずだ(男女のという意味では無い)
なのに、もっともっとと、欲張りにもなり、求める事だけに意識が集中している。
きっと私がこの世とは別の世界に行く時(死)には涙を流してくれる人は居るのだ。なのに何故もっともっとだったのか。満たされない思いがあるからだ。こうすれば相手はこうしてくれると言うのも少し分かって居るからか、
いつからか人は見返りを求めるようになる。
無償の愛とは見返りを求める愛では無いのだ。
植物を育てる事や、ペット、ボランティアなどそれぞれの形で人は無償の愛を知る。自分より弱いモノには人は優しくもなれる。強いモノには甘える
色んな連鎖がある。恋愛が一番愛を学ぶレッスンかも知れない。
自分がやっぱり可愛いの(自己中)と
自分自身を心から愛しているのは今回は、話が別だ。
今一度、友人や家族など回りを見回してみよう。
見えてくる問題点は、ほとんどが自分が作り出したモノや引き寄せたモノ。
魂のレッスンの為に必要な事なのだ。
私の今の魂のレッスンは愛だった。
それぞれがそれぞれの課題を選んで生まれてくる。自分で決めて生まれてくるのだ。いくつものレッスンと共に成長し、本当の自分自身に辿り着く螺旋階段を上っているのだ。
「人は幸せになる為に生まれて来たのだよ」「お前が愛そのものだ」
目が覚めた私に強烈な癒やしがおきた。
聴こえて来た声は夢なのか、幻聴なのか
そんな事はどうでも良かった。
また少し眠ろう。
~~~END~~~
これを読んだ人が思うことが、アナタのレッスンの課題への近道となりますように。レッスンを決めて生まれてくるのに、何故レッスン(必要な修行)を忘れるんでしょうかと問えば、必要に応じて課題をクリア出来るように前もって自分がそれぞれ人生のどこで、レッスンするか用意してたんだと思いますよ。
生きる事の意味に気付く為に世の中には沢山のガイドが用意されています。

海ブドウも美味しかった








