はじめに
これは自己啓発ではありません。
生き方の提案でも、成功論でもありません。
ただ、ある種の人が
「なぜ普通に生きようとするほど消耗するのか」
その構造を置いておくだけです。
合わない人には、最初から何も引っかからないと思います。
なぜ「普通に生きる」ほど疲れるのか
感受性が高く、抽象思考が強い人は、
世界と接続するときに 情報を受け取りすぎます。
出来事だけでなく、
空気、感情、前提、背景、意味まで
無意識に処理してしまう。
問題は能力ではありません。
接続の仕方です。
世界は「感じる前提」で作られていません。
しかし感受性の高い人は、
常にフルスペックで接続してしまう。
結果として起きるのが、
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ぼんやりする
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現実感が薄れる
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急に何も考えられなくなる
いわゆる「ログアウト」に近い状態です。
これは不適応ではありません。
過剰適応です。
積み上げ型人生という前提
現代の人生設計は、ほぼすべて
「積み上げ」を前提にしています。
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経験は多い方がいい
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人脈は広い方がいい
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スキルは足し算
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成果は可視化されるべき
このモデルは、
外向きで反応の早い人には機能します。
しかし、感受性が高い人にとっては違います。
経験を増やすほど、
人と会うほど、
情報を入れるほど、
ノイズが増え、純度が下がる。
それでも「まだ足りない」と
積み上げ続けると、
世界はどんどん重くなります。
精錬という別のモデル
積み上げとは、足すことです。
精錬とは、削ることです。
精錬では、
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量を減らす
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重複を捨てる
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不純物を落とす
そうして残ったものの
濃度を上げていく。
感受性が高い人は、
一つの経験から
十分すぎるほど意味を抽出できます。
だから本来、
回数を増やす必要がありません。
精錬型の人生では、
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動く量は減る
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しかし一言の重みは増える
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年齢とともに価値が濃くなる
これは派手な成功には見えません。
しかし、壊れにくい。
現実を「運用するフィールド」として扱う
多くの人は、
現実を「没入する場所」として生きています。
感情を預け、
評価を受け取り、
自分をそこに溶かす。
感受性の高い人がそれをやると、
すぐに消耗します。
別の立ち位置があります。
現実を
「生きる場所」ではなく
運用する対象として扱う。
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感情を預けすぎない
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距離を一段取る
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人ではなく構造を見る
冷めることではありません。
切断でもありません。
関わり方を設計するというだけです。
この距離があると、
現実は敵ではなくなります。
おわりに
ここに書いたのは、
答えでも方法でもありません。
ただ、
「自分がどの構造にいるか」
それが分かるための図です。
これだけで十分な人もいます。
足りない人もいます。
必要な人には、この先の話があります。
ただし、それは万人向けではありません。
アメンバー 限定記事に掲載します。
