親友と呼べる人が私にはいません。
友達はたくさんいます。
仕事仲間、投資仲間、趣味仲間、、、
しかし、何でも話せる友達は一人もいません。
家族にすら全ては話すことはできません。
たまにごはんに行く友達はいます。(最近はコロナの影響でしばらく行っていませんが、、)
そういう友達がいてくれるだけでも、
すごくありがたいな、、、と思います。
でも、心のどこかで、、
なんでも話せる人っていないよな。
どこか、セーブしてしまいます。
それは、離婚した元旦那さんに対してもそうでした。
離婚後に、久しぶりに恋愛した一回り以上年下の私にとっての可愛い彼に対してもそうでした。
全てを話すことなんて、
絶対できません。
仕事仲間には、仕事の不安を相談します。
仕事は関係ない友達には、恋愛や離婚のことを相談しました。
大学の友達や元同僚の友達には、
恋愛のことでも、話せるような内容についてだけ相談しました。
そんな自分をなんだかさみしく感じていました。
でも、ある尊敬する人
(すごく悩んでいたとき、、youtubeでたまたま見てから、すっかり師匠のように尊敬しており、
困ったとき、悩めるときはその動画を見て励まされている人)の言葉で、
親友はいなくても良いのだと思えました。
人は常に成長して、変化していきます。
ずーっと同じように友達でいつづけることはなかなかありえない。
もしありえるとしたら、
お互い成長していないか、、状況が変わっていないか、、
それを親友と呼ぶことは、じつはメリットもあるが、デメリットもあるとのことでした。
すごく納得しました。
なぜなら、
友達と思っていたとしても環境、状況が常に変わっていきます。
その人の興味も私の興味も、、、
離婚した元旦那さんともそのようなすれ違いが起こりました。
なので、親友と呼べる人がいないことは、
良いことなんだ。
そのかわり、色々なジャンルで相談できる人がいるということにも
ありがたい気持ちがでてきました。
友達は、何も一緒にごはんを食べれる人でなければいけないわけではない。
本の中にも、動画の中にも、自分自身が憧れる人、
なりたい自分にすでになっている人、
このような人になりたいと心から思える人、
そういう人を持てる事はとても素晴らしいことだと思いました。
そういう人なら、本当にたくさんいます。
どこかで昔の自分に引きずられるような関係に
とても嫌な気分を感じていたところがありましたが、
すごく納得できました。
そう思うと同時に、
私自身の成長、成功を願ってくれる友達と呼べる人がいるということに、
とても感謝の気持ちが湧きました。
もちろん、親友と呼べる人がたくさんいる人は
それはそれで素晴らしいと思います。
色々な考えがあってよいと思います。
なーんも気にしないで、たわいの無い会話ができる人も
本当にありがたいなと思います。
そう思えた昼下がりです。


