きっと、一生、ここを見る事が無いとは思うけど、もし、私が急にこの世から消えたら、1%でも、ここを、見る可能性があるから、書いておこうかなと思いました。
おとうさん、おかあさんへ
私は、事故や自殺で急死しない限りの・・・・例えば、「仮に、私が不知の病で死期が判明した時点」という状況が作られたなら、ここに書いたものと、同じ事を、本人の目の前で必ず言おうと予定していました。
ずっと以前から。
私が、あなたたちにされた、酷い年月の間、そう思うようになりました。
「私のことは、好きでしたか?」
数年前、夫が亡くなり、実家に住ませて貰っていた頃。
パニック障害の発作が夜中におきて、泣きながら、倒れた私を冷ややかに見下ろす母に、同じ事を聞きましたよね。
その時は、「何で救急車なんか呼ぶのか」
と。
近所迷惑と噂になるのが嫌というので、ギリギリまで119を許してくれなかったですね。
泣きながら質問して、答えてくれない母と、私の背中をさすり続け、姉さん大丈夫、と、繰り返し弟が励ましてくれていたことが、昨日のように鮮明に記憶に残っています。
十数年、あなた達にされてきた、非情なることも、昨日のように、いつでも鮮明に思い出せるのに。
お母さんは、
「そんな事があったの?」
と、その後、入院して退院して数年経った頃に、なかなか通院すらも難色を示し
「いつまで病院に行くの?早く治しなさい」
と怒るあなたに、何十年分の勇気をふり搾って、言いましたよね。本気で言ってくれましたね。
ああ、人間は忘れる生き物だったな。
それがどんなに非人道な事でも、した方は綺麗に記憶から削除されるんだ。
♪いいな、いいな、人間って、いいな~~~。笑顔で、歌いたくなりました。(*^ー^)ノ
「私のことは、好きでしたか?」
その時も聞いたけど、お母さんは、泣いてばかりで、また、返事をくれなかったですよね。
生きていくのが嫌になった?
私の顔を見てるのが辛い?
そう言われても、私は、はるか昔から、あなた達に同じ事を思っていても、実行するのを許されなかったから、諦めてしまわねばならない身に、強制的にされたのですから。
少しくらいは、我慢して下さいな。
「私は、あなたたちに、必要な存在でしたか?」
あんたさえいなければ、私は実家に帰ってたのに。
毎日、食わせて貰えて有難いと思えよ。
変な病気になって、医者で股開いて調べられたらいいのに。
黙ってふてくされるな、口答えするな、誰のお陰で生きてるんだ。
身体も心も、とてもとても、痛かったです。
余談になりますが、「it と呼ばれた子」を数年前に読んだ時、非常に共感しました。
いろいろな事をされながらも、空気のように扱われる所とか。
最初は親を憎み、殺すよりも、将来じわじわと痛めつけて返したいと思ってたけど、成長と共に、嫌いの上には無関心があるというのを、ありありと実感したところとか。
「私は、あなたたちに、必要な存在でしたか?」
どうして、互いに憎しみあっているはけ口を、私だけにしていたのでしょう。
それを伴侶にすれば、離婚になるからですか?
何故、私だけにして、弟や妹は、可愛がって大事にしていたのでしょう。
「私が、あなた達を一生許さないと思っていると、信じてくれますか?」
怒り、憎しみ、そういう感情は、あななたちのおかげにより、子供時代に失われました。
ただ。
だからといって、悲しみはあります。
人間であるうちは、たぶん、一生、なくならないでしょう。
だから、何度も、生きる事をやめられないのなら(自分の子供のために)
せめて、脳や心が異常をきたし
「向こうの世界の人」
になって、
「誰のことも解らない、幸せな状態になりたいな」
と、夢見たり願ったりしているとか、考えた事は、ありますか?
「私は、良い子だったでしょう?」
今は言われるけど、不思議です。私は、子供の頃と何も変わっていないのに。
子供の中で、一番、親孝行だと、どうして思うんでしょう?
そんなに私は、悪逆非道な子供だった訳ではないと思いますが。
あんたが生意気な事を言うから、お父さんを逆撫でするから、態度がふてぶてしいから。
未だにお母さんが言う事は、納得できません。
私は、昔も今も、「はい」しか言わず、言われた通りに、言動しているのは、変わってないんですよ?
互いに、まともでない精神状態であった夫婦は、
「ここまで連携しなくても」
、というくらいに、都合の悪い記憶を、揃って改ざん出来るものなんだと、ここでも、笑いが出てしまいました。
「私は、言う事をちゃんと聞いてきたよね?」
どんなに理不尽な言いがかりでも、従順にしてきました。
いまより、昔の方が、より一層。
だから、夫が死んだ後に、病気になろうとも、実家を追い出されても、仕事を押し付けられても。
ちゃんと、言う通りにしてきたのに。
だから。
最期に、いちばん、言いたいことを。
「もう、私は、生きていなくていいみたいだから、あなた達を嫌ってもいいですか?」
死ぬ時は、側にいないで下さい。
その時くらいは、好きな人(子供とか友達)に看取られたいのです。
葬式にも、来ないで下さい。墓にも、近寄らないで欲しいです。
どちらも、あればの話、ですが。
子供には、「骨は、瀬戸内海と、横浜の海に捲いてね。それだけは、お願いね」
と、頼んであります。
(覚えてて、実行してくれるかは、死んだ後の事なので、気にしません)
私は、いろいろと我慢たり、諦めたり、頑張ってきました。
そうしないと、生きてこれなかったからです。
だから、もう、生きることを止める時くらい、頑張るのをやめさせてください。
何をするときも、死に物狂いでやれ。
そうしないから、失敗や間違いを犯すんだ。
お父さんは、ずっとずっと、そう言ってきたので、それは何となくそうだと思うけど。
もう死ぬ人間は、死に物狂いをしなくても、いいんじゃないかと思うから。
そろそろ、生きる意味が判らなくなりました。
子供は育ち、私がいなくても、生きていけると思いますし。
反抗期の長男は、むしろ、私が存在しないほうが楽しいと思います。
死ねとかクソとか被害妄想ババァとか病気とか、もう、言われながら同じ空間にいるのが辛いです。
病気の長女は、私がいなくなったら、改めて命の尊さとか、弟妹を大切にして、生きていくように考え治してくれるかもしれません。
死にたい私に、「死にたい、生きていたくない」と言われ続け、何度も繰り返され、信じて裏切られ・・・。
そういう毎日も、確実に私を追い詰めて、しんどくない筈がありません。
次女や末息子は、学校や保育園や、あなた方からも、
「もっと目をかけて、愛情が不足しているように見える」と言われているような言動を取るように私を責めてくるので、とてもとても、それが辛いです。
愛情ってなんですか?
貰ったことがないから、注ぎ方が解るわけないじゃないですか?
「されて嫌だったから、子供には絶対にしたくない事」
は、ちゃんと自分で決め、実行してきたので、そういう点では反面教師をありがとう、ですが。
愛情に関しては。
私が、自分の子がどんな子供だろうと、愛情を感じない訳ありません。
ただ、私の性格のせいで。
感情が出ない、見えにくい、相手に感じにくいせいで。
「お母さんは冷たい」
「どうせ私の事なんか、どうでもいいんでしょ」
「私には、守ってくれる人も支えてくれる人もいないんだから、死にたい」
子供にそういう事を言わせるほど、追い詰めていた私が悪い。
嬉しいときに、笑えない。
悲しい時に、泣けない。
怒れない。
「感情に任せて」の部分がないから、怒鳴ったり殴ったりとかも、不可能。
子供が、その
「感情に任せるくらい、コントロールを失った状態を、愛情を感じて、待っている」
のだとしたら。
私は、一生、子供が
「お母さんに愛情を注がれている」と感じて貰うことが出来ない、自分の親とは違っても、結果的には同じになってしまう。
私は。
子供は、親に、思っていることを何でも言うべき。その自由がある。
子供は、親にも、感情をむき出しにしても良い自由がある。
そして、それにより、親から制裁を加えられない特権がある。
そう思って、ずっと、育ててきました。
その弊害でしょうか?
何をしても怒らないお母さん>>>>関心がないから、私達の事は、好きじゃないんだ
という、寂しい思いをさせていたとは。
子供が、感情(怒りや悲しみなど)を、表にきちんと出せるように成長してくれて、非常に嬉しかった。
ああ、私みたいな人間の子供なのに、ちゃんと、感情が欠損することなく、機能してくれた!
それが、本当に、嬉しかった。
それだけなのに。
寂しい思いをさせてしまっていたという事は、親失格だと思います。
自分では、
「親が子供に愛情を注ぐのは当然の事」
であり。
大切なのは、
「子供に、親から愛情を注がれていると気付いてもらうようにすることだ」
と、ずっと思ってきたので。
とても最近、悲しいのです。
四人とも、寂しいんだ。過程も結果もバラバラだけど、愛情が足りないと感じているんだ。
それは、私の責任。
でも、死ぬのは逃げるのと同じ事。
してはいけないこと。
だから、生きてる。
今までは。
自分の病気が悪化したら、入院になり、実家に迷惑や子供に更に寂しい思いをさせてしまうから、それを止めるのが最優先事項だと思って、なんとか誤魔化しながら生きるのに全力を注いできたけど。
今は。
むしろ、こんな人間は存在してても、更に寂しい思いを続けさせ、状態を悪化させるだけでは?
なら、いないほうがこの子供達の今や将来には、為になるのでは?
なら。積極的にせずとも、自然に、心が壊れて病気が悪化し入院して全てが解らない状態になっても、もう、いいんじゃないかな?
最近、そういう思いが、かすめるようになったんです。
自殺には、ならないと思うから、死亡保険金が渡せなくて、それだけが申し訳ないけど。
でも、もう、頑張るのに疲れたのかな。
そろそろ、40歳になりますが。
本当に「幸せだな」と思っていた、夫が生きていた数年間は、心から、生まれてよかった、生きながらえてよかったと思っています。
逆に、それ以外の30数年間は、ただ命があるだけの、肉片です。
魂の入れ物であり、それ以上でも以下でもありません。
自分の存在は、常にそういうものでした。
だから、そろそろ、壊れていくのを止めるのも疲れました。
とか言ったら。
ブレーキが自然に壊れるのも、許さないと、あなた達は最期まで言いそうですね。
あなたたちが作った急勾配の下り坂を、子供時代に脱線しなかった(生存中止)だけでも、奇跡と医者や色々な人が褒めてくれますが(嬉しくないですよ)。
まだまだ、自分の道を歩く事も許されないのでしょうか?
もう、いいじゃないですか。
私は大人で、子供もいます。
自分の命は、子供が生まれた時点から、子供のものです。
だけど、自分の心は、そろそろ、自由になってもいいんじゃないかな?って、最近強く思うようになってきたんですが、それは悪い事なのでしょうか。
死ぬまで心を、親にも誰にも、支配されたくは、無いです。
だから、例えば、急死でない限りは。
面と向かって、これらの事を、言いたい。
もし、私が自分の意志と関係なく命を絶たれたら。
万が一、ここを読んで貰えたら。
少しは、自分達の言動により、一人の人生を「駄目」にしたと思ってくれたら。
それで、いいです。
怒りも、憎しみも、根こそぎ奪ってくれた結果です。
嬉しいでしょう?
ただ、私の子供たちのことは、お願いするしかないので、どうか。
以前、もし私が死んだらという質問に。
弟はニートで生活能力がなく、本人も見るのは無理と言ってました。
妹は、最初から見る気が無いから「施設にでも送れば」と言ってくれました。
私への非道な行いを「見て」恐怖を感じ育った弟は病気になり。
(それでも、私の時みたいに、早く治せとか、お前の根性が弱いせいだとか、無かったのは、やはり何時までたっても「大事な大切な跡取り息子だから」なんでしょうね?)
ごく普通に、末娘だから可愛がられて育った妹は、ごくごく普通に育ち、こんな冷たい事を姉に言ってくれる素敵な女性になり。
「私たちの結婚が間違ってたのね」
と、見当違いな事をため息まじりで言うお母さん?そうじゃないんですよ?
生まれてきたのも、親が選べないのも、夫が死んだのも、運命だから、受け入れてますから。
たぶん、一生かかっても、解って貰えないだろうし、そういうのも子供時代に諦めたから、どうでもいいんですが。
勝手に自分の中で処理して、それが正しい解答のように思うのは、止めて欲しいかなと思います。
記憶の改ざんにしても。
本当に、最近は、気付いたら
「あ、もうちょっとボンヤリしてたら、死んでたな」
という危ない事が増えました。
繰り返しますが、積極的に死を選ぶことは、絶対にしません。
ただ、頑張って生きる努力を続けるのを疲れたのは、正直な話なので。
壊れたブレーキで、いつまで保つか、自分でも不安と楽しみと、同時に子供への申し訳なさで複雑ですが。
いろいろな事から。
自由にさせて欲しいなと思います。
自分の心も身体も命も、ずーーーっと物心ついたときから、常に誰かに支配されてきたから。
本当の「自由」も、よく解ってないかもしれないけど。
思ったことを、あいてに、そのまま、伝える自由、伝えない自由を。
私に。
そろそろ、欲しいと願っても、いいですか?
頭の中をガーーーーーっと書いたので、重複や誤字脱字は多々あるかと思いますが。
そういう風にしたかったので。
このままUPしたいと思います。
それは、かなりの確率で
「きっと、私は、この文章を二度と読み返さないから」
だと、思ってください。
物理的に不可能になるとかでなく(死ぬからとか)。
繰り返し読むには、無理だから。
多重人格障害の人が、辛い記憶を忘れて暮らしてるところに、治療で人格統合をして、追いやっていた記憶をも、自分の中身していく。
という文章を読んだ時に感じた気持ちに似ています。
変な文章で、本当にすみません。
それでは。最期まで読んでくださった方、不愉快にさせてしまい、申しわけございませんでした。