生きててごめんなさい。。(病人の戯言) -80ページ目

生きててごめんなさい。。(病人の戯言)

取り戻せるかな?感情の波。 \(゜ロ\)(/ロ゜)/
※ ワタシ=4人の子持ち & 精神障害者(←言わなきゃ全く気付かれないのが、orz)

きっと、一生、ここを見る事が無いとは思うけど、もし、私が急にこの世から消えたら、1%でも、ここを、見る可能性があるから、書いておこうかなと思いました。


おとうさん、おかあさんへ


私は、事故や自殺で急死しない限りの・・・・例えば、「仮に、私が不知の病で死期が判明した時点」という状況が作られたなら、ここに書いたものと、同じ事を、本人の目の前で必ず言おうと予定していました。


ずっと以前から。

私が、あなたたちにされた、酷い年月の間、そう思うようになりました。


「私のことは、好きでしたか?」


数年前、夫が亡くなり、実家に住ませて貰っていた頃。

パニック障害の発作が夜中におきて、泣きながら、倒れた私を冷ややかに見下ろす母に、同じ事を聞きましたよね。


その時は、「何で救急車なんか呼ぶのか」

と。

近所迷惑と噂になるのが嫌というので、ギリギリまで119を許してくれなかったですね。


泣きながら質問して、答えてくれない母と、私の背中をさすり続け、姉さん大丈夫、と、繰り返し弟が励ましてくれていたことが、昨日のように鮮明に記憶に残っています。


十数年、あなた達にされてきた、非情なることも、昨日のように、いつでも鮮明に思い出せるのに。


お母さんは、

「そんな事があったの?」

と、その後、入院して退院して数年経った頃に、なかなか通院すらも難色を示し

「いつまで病院に行くの?早く治しなさい」

と怒るあなたに、何十年分の勇気をふり搾って、言いましたよね。本気で言ってくれましたね。


ああ、人間は忘れる生き物だったな。

それがどんなに非人道な事でも、した方は綺麗に記憶から削除されるんだ。


♪いいな、いいな、人間って、いいな~~~。笑顔で、歌いたくなりました。(*^ー^)ノ



「私のことは、好きでしたか?」


その時も聞いたけど、お母さんは、泣いてばかりで、また、返事をくれなかったですよね。

生きていくのが嫌になった?

私の顔を見てるのが辛い?


そう言われても、私は、はるか昔から、あなた達に同じ事を思っていても、実行するのを許されなかったから、諦めてしまわねばならない身に、強制的にされたのですから。


少しくらいは、我慢して下さいな。



「私は、あなたたちに、必要な存在でしたか?」


あんたさえいなければ、私は実家に帰ってたのに。

毎日、食わせて貰えて有難いと思えよ。


変な病気になって、医者で股開いて調べられたらいいのに。

黙ってふてくされるな、口答えするな、誰のお陰で生きてるんだ。


身体も心も、とてもとても、痛かったです。


余談になりますが、「it と呼ばれた子」を数年前に読んだ時、非常に共感しました。


いろいろな事をされながらも、空気のように扱われる所とか。

最初は親を憎み、殺すよりも、将来じわじわと痛めつけて返したいと思ってたけど、成長と共に、嫌いの上には無関心があるというのを、ありありと実感したところとか。



「私は、あなたたちに、必要な存在でしたか?」


どうして、互いに憎しみあっているはけ口を、私だけにしていたのでしょう。

それを伴侶にすれば、離婚になるからですか?


何故、私だけにして、弟や妹は、可愛がって大事にしていたのでしょう。



「私が、あなた達を一生許さないと思っていると、信じてくれますか?」


怒り、憎しみ、そういう感情は、あななたちのおかげにより、子供時代に失われました。

ただ。

だからといって、悲しみはあります。

人間であるうちは、たぶん、一生、なくならないでしょう。


だから、何度も、生きる事をやめられないのなら(自分の子供のために)

せめて、脳や心が異常をきたし

「向こうの世界の人」

になって、

「誰のことも解らない、幸せな状態になりたいな」

と、夢見たり願ったりしているとか、考えた事は、ありますか?



「私は、良い子だったでしょう?」


今は言われるけど、不思議です。私は、子供の頃と何も変わっていないのに。

子供の中で、一番、親孝行だと、どうして思うんでしょう?


そんなに私は、悪逆非道な子供だった訳ではないと思いますが。


あんたが生意気な事を言うから、お父さんを逆撫でするから、態度がふてぶてしいから。

未だにお母さんが言う事は、納得できません。


私は、昔も今も、「はい」しか言わず、言われた通りに、言動しているのは、変わってないんですよ?


互いに、まともでない精神状態であった夫婦は、

「ここまで連携しなくても」

、というくらいに、都合の悪い記憶を、揃って改ざん出来るものなんだと、ここでも、笑いが出てしまいました。



「私は、言う事をちゃんと聞いてきたよね?」


どんなに理不尽な言いがかりでも、従順にしてきました。

いまより、昔の方が、より一層。


だから、夫が死んだ後に、病気になろうとも、実家を追い出されても、仕事を押し付けられても。

ちゃんと、言う通りにしてきたのに。



だから。



最期に、いちばん、言いたいことを。


「もう、私は、生きていなくていいみたいだから、あなた達を嫌ってもいいですか?」


死ぬ時は、側にいないで下さい。

その時くらいは、好きな人(子供とか友達)に看取られたいのです。


葬式にも、来ないで下さい。墓にも、近寄らないで欲しいです。

どちらも、あればの話、ですが。


子供には、「骨は、瀬戸内海と、横浜の海に捲いてね。それだけは、お願いね」

と、頼んであります。

(覚えてて、実行してくれるかは、死んだ後の事なので、気にしません)



私は、いろいろと我慢たり、諦めたり、頑張ってきました。

そうしないと、生きてこれなかったからです。



だから、もう、生きることを止める時くらい、頑張るのをやめさせてください。


何をするときも、死に物狂いでやれ。

そうしないから、失敗や間違いを犯すんだ。


お父さんは、ずっとずっと、そう言ってきたので、それは何となくそうだと思うけど。


もう死ぬ人間は、死に物狂いをしなくても、いいんじゃないかと思うから。



そろそろ、生きる意味が判らなくなりました。


子供は育ち、私がいなくても、生きていけると思いますし。


反抗期の長男は、むしろ、私が存在しないほうが楽しいと思います。

死ねとかクソとか被害妄想ババァとか病気とか、もう、言われながら同じ空間にいるのが辛いです。


病気の長女は、私がいなくなったら、改めて命の尊さとか、弟妹を大切にして、生きていくように考え治してくれるかもしれません。

死にたい私に、「死にたい、生きていたくない」と言われ続け、何度も繰り返され、信じて裏切られ・・・。

そういう毎日も、確実に私を追い詰めて、しんどくない筈がありません。


次女や末息子は、学校や保育園や、あなた方からも、

「もっと目をかけて、愛情が不足しているように見える」と言われているような言動を取るように私を責めてくるので、とてもとても、それが辛いです。



愛情ってなんですか?


貰ったことがないから、注ぎ方が解るわけないじゃないですか?



「されて嫌だったから、子供には絶対にしたくない事」

は、ちゃんと自分で決め、実行してきたので、そういう点では反面教師をありがとう、ですが。


愛情に関しては。

私が、自分の子がどんな子供だろうと、愛情を感じない訳ありません。

ただ、私の性格のせいで。

感情が出ない、見えにくい、相手に感じにくいせいで。


「お母さんは冷たい」

「どうせ私の事なんか、どうでもいいんでしょ」

「私には、守ってくれる人も支えてくれる人もいないんだから、死にたい」


子供にそういう事を言わせるほど、追い詰めていた私が悪い。


嬉しいときに、笑えない。

悲しい時に、泣けない。

怒れない。

「感情に任せて」の部分がないから、怒鳴ったり殴ったりとかも、不可能。


子供が、その

「感情に任せるくらい、コントロールを失った状態を、愛情を感じて、待っている」

のだとしたら。


私は、一生、子供が

「お母さんに愛情を注がれている」と感じて貰うことが出来ない、自分の親とは違っても、結果的には同じになってしまう。



私は。

子供は、親に、思っていることを何でも言うべき。その自由がある。

子供は、親にも、感情をむき出しにしても良い自由がある。

そして、それにより、親から制裁を加えられない特権がある。


そう思って、ずっと、育ててきました。


その弊害でしょうか?

何をしても怒らないお母さん>>>>関心がないから、私達の事は、好きじゃないんだ

という、寂しい思いをさせていたとは。



子供が、感情(怒りや悲しみなど)を、表にきちんと出せるように成長してくれて、非常に嬉しかった。


ああ、私みたいな人間の子供なのに、ちゃんと、感情が欠損することなく、機能してくれた!

それが、本当に、嬉しかった。


それだけなのに。



寂しい思いをさせてしまっていたという事は、親失格だと思います。


自分では、

「親が子供に愛情を注ぐのは当然の事」

であり。

大切なのは、

「子供に、親から愛情を注がれていると気付いてもらうようにすることだ」

と、ずっと思ってきたので。



とても最近、悲しいのです。

四人とも、寂しいんだ。過程も結果もバラバラだけど、愛情が足りないと感じているんだ。


それは、私の責任。


でも、死ぬのは逃げるのと同じ事。

してはいけないこと。



だから、生きてる。

今までは。

自分の病気が悪化したら、入院になり、実家に迷惑や子供に更に寂しい思いをさせてしまうから、それを止めるのが最優先事項だと思って、なんとか誤魔化しながら生きるのに全力を注いできたけど。


今は。

むしろ、こんな人間は存在してても、更に寂しい思いを続けさせ、状態を悪化させるだけでは?


なら、いないほうがこの子供達の今や将来には、為になるのでは?


なら。積極的にせずとも、自然に、心が壊れて病気が悪化し入院して全てが解らない状態になっても、もう、いいんじゃないかな?



最近、そういう思いが、かすめるようになったんです。


自殺には、ならないと思うから、死亡保険金が渡せなくて、それだけが申し訳ないけど。

でも、もう、頑張るのに疲れたのかな。


そろそろ、40歳になりますが。

本当に「幸せだな」と思っていた、夫が生きていた数年間は、心から、生まれてよかった、生きながらえてよかったと思っています。


逆に、それ以外の30数年間は、ただ命があるだけの、肉片です。


魂の入れ物であり、それ以上でも以下でもありません。

自分の存在は、常にそういうものでした。


だから、そろそろ、壊れていくのを止めるのも疲れました。

とか言ったら。

ブレーキが自然に壊れるのも、許さないと、あなた達は最期まで言いそうですね。



あなたたちが作った急勾配の下り坂を、子供時代に脱線しなかった(生存中止)だけでも、奇跡と医者や色々な人が褒めてくれますが(嬉しくないですよ)。


まだまだ、自分の道を歩く事も許されないのでしょうか?


もう、いいじゃないですか。

私は大人で、子供もいます。



自分の命は、子供が生まれた時点から、子供のものです。


だけど、自分の心は、そろそろ、自由になってもいいんじゃないかな?って、最近強く思うようになってきたんですが、それは悪い事なのでしょうか。



死ぬまで心を、親にも誰にも、支配されたくは、無いです。



だから、例えば、急死でない限りは。

面と向かって、これらの事を、言いたい。



もし、私が自分の意志と関係なく命を絶たれたら。

万が一、ここを読んで貰えたら。

少しは、自分達の言動により、一人の人生を「駄目」にしたと思ってくれたら。


それで、いいです。



怒りも、憎しみも、根こそぎ奪ってくれた結果です。

嬉しいでしょう?



ただ、私の子供たちのことは、お願いするしかないので、どうか。


以前、もし私が死んだらという質問に。

弟はニートで生活能力がなく、本人も見るのは無理と言ってました。

妹は、最初から見る気が無いから「施設にでも送れば」と言ってくれました。



私への非道な行いを「見て」恐怖を感じ育った弟は病気になり。

(それでも、私の時みたいに、早く治せとか、お前の根性が弱いせいだとか、無かったのは、やはり何時までたっても「大事な大切な跡取り息子だから」なんでしょうね?)


ごく普通に、末娘だから可愛がられて育った妹は、ごくごく普通に育ち、こんな冷たい事を姉に言ってくれる素敵な女性になり。



「私たちの結婚が間違ってたのね」

と、見当違いな事をため息まじりで言うお母さん?そうじゃないんですよ?


生まれてきたのも、親が選べないのも、夫が死んだのも、運命だから、受け入れてますから。



たぶん、一生かかっても、解って貰えないだろうし、そういうのも子供時代に諦めたから、どうでもいいんですが。


勝手に自分の中で処理して、それが正しい解答のように思うのは、止めて欲しいかなと思います。

記憶の改ざんにしても。



本当に、最近は、気付いたら

「あ、もうちょっとボンヤリしてたら、死んでたな」

という危ない事が増えました。


繰り返しますが、積極的に死を選ぶことは、絶対にしません。


ただ、頑張って生きる努力を続けるのを疲れたのは、正直な話なので。



壊れたブレーキで、いつまで保つか、自分でも不安と楽しみと、同時に子供への申し訳なさで複雑ですが。



いろいろな事から。


自由にさせて欲しいなと思います。



自分の心も身体も命も、ずーーーっと物心ついたときから、常に誰かに支配されてきたから。


本当の「自由」も、よく解ってないかもしれないけど。



思ったことを、あいてに、そのまま、伝える自由、伝えない自由を。

私に。

そろそろ、欲しいと願っても、いいですか?



頭の中をガーーーーーっと書いたので、重複や誤字脱字は多々あるかと思いますが。

そういう風にしたかったので。

このままUPしたいと思います。


それは、かなりの確率で

「きっと、私は、この文章を二度と読み返さないから」

だと、思ってください。


物理的に不可能になるとかでなく(死ぬからとか)。


繰り返し読むには、無理だから。


多重人格障害の人が、辛い記憶を忘れて暮らしてるところに、治療で人格統合をして、追いやっていた記憶をも、自分の中身していく。


という文章を読んだ時に感じた気持ちに似ています。



変な文章で、本当にすみません。



それでは。最期まで読んでくださった方、不愉快にさせてしまい、申しわけございませんでした。