暑い夏の日。


友人につられて参加した合コン。


3対3の形式だった。


僕は、もともと合コンには興味はなかったけれど、

人数合わせで、どうしても・・・・と言われ、

しょうがなく参加した。


そこで、彼女と初めて出会った。


一目ぼれ・・・って言葉があるけれど、

これがそうなのか?・・・と思える位、

彼女から目が離せない。


三人席の真ん中に座る彼女は、今時に珍しく

艶やかな黒髪が印象的な、目の大きい可愛い女性だった。


僕が眼鏡越しに彼女を見ていると、

彼女も僕の視線に気づいたのか、ニコリと笑った。


「・・・・私も実は付き合いなの・・・」

とはにかむ笑顔の彼女に、僕は魅かれてしまった。



初めて会うのに、初めてじゃない・・・

そんな既観感(デジャヴ)。


周りの賑やかな盛り上がりとは、

どこかちょっと一線を置いた二人の会話は、

途切れる事なく、その日は続いた。



それから・・・・


僕は彼女と幾度となく待ち合わせして、出かける様になった。


彼女と町で待ちあわせた時、僕は白い帽子をかぶった彼女の黒髪が

風に吹かれて揺れる度に、まるで、絵本から出てきた女の子の様だと

見惚れた。


僕は彼女にその事を告げると、


「そうかな?」と言って笑う。


僕は、

「うん・・・とっても綺麗だ」と、

まるで小説のワンシーンの様な、

砂を吐きそうな程クサい台詞だって平気で言えていた。


僕は彼女といつまでもずっと一緒にいれると思っていた・・・。

そう、ずっと・・・。


ところがある日。


「もう、あなたとは会えないの・・・。私の事は忘れて・・・」


一本の電話で彼女は僕との間に別れを告げた。


ツーツーツ・・・と耳元から聞こえる電子音に、

僕の頭の中は真っ白になった。


一体何がいけなかったのか・・・・。

思い返しても、思い当たる節もない。


理由が知りたくて折り返した電話から聞こえたのは


「この電話は、使われておりません・・・」という言葉だけ。


僕はその場にいてもたってもいられずに、

彼女の家に向かった。


何がいけなかったのか、理由を教えてほしい。

いや・・・・違う。僕は彼女と別れたくない・・・・。


ただ、それだけ。


息を切らして、アパートの階段を駆け上り、

彼女の部屋のドアを開けると、

そこには、彼女の痕跡の一つも残っていない

寒々とした空間が広がっていた。



僕は、大学へ通っていた。

心は何処か上の空だったけれど、

他に気を紛らわす事が出来ない。


何も考えずに、ただ無心に机に向かっている時だけが、

彼女がいなくなった事実を、僕の頭の中から一瞬だけ

消してくれる様な気がしていた。


 ★  ★


「彼女、実家に帰ったのよ・・・・」


彼女が僕の目の前からいなくなって数日後、

偶然校内で出会った彼女の友達。


『たしか・・・・合コンでいたっけ・・・』

名前は・・・・正直覚えていなけれど、確かに顔だけは見覚えがある。


相手側から声を掛けてくれなければ、

きっと、僕の方から声を掛ける事がなかっただろう。


僕の肩をポンと叩いた彼女に


僕はきっと、「誰?」という表情を浮かべたんだと思う。


『なによ・・・・もう忘れたの?この間合コンで会ったじゃない。

 酷いわね・・・』

と、クスクス笑いながら彼女が言う。


「ごめん・・・・・。覚えてなくて・・・。」

「いいわよ、別に。そんなに深刻に受け取らないでよ、冗談だから・・・」


僕の返答に、彼女は慌てた様に手を振る。


「うん。ありがとう」


「まぁね、本当は声を掛けるか迷ったんだけど、

 廊下の反対側から何だか辛気臭い顔した

 見かけた顔が見えたからさ・・・・

 どーしたのかなぁと思って・・・・それで声を掛けただけだから」


「そうなんだ・・・・」


そんなに辛気臭い顔をしてたのかな?

僕自身気づかなかったけれど・・・。


「〇〇〇、実家に帰っちゃったからね・・・・。しょーがないっか・・・。」


「えっ?」


「んっ?知らなかったの?〇〇〇、どうしても戻らなきゃならない用事が

 出来たとかで、 家から呼び戻しの連絡があったんだって。

 帰りたくないけど、しょうがない・・・・って言ってたな・・。

 知らなかったの?」


「・・・・・・そうなんだ・・・・・知らなかったよ。」


思ってもみない所で、彼女の情報を得た僕は、

予想していなかった内容に、上手く答えられない。


「へぇ・・・2人、できてんのかと思ってたけど。知らなかったんだ」


僕のボンヤリとした顔を見た彼女が、

仲良かったのに・・・・意外ねぇ・・・・と

呟く声が、僕の頭にぼんやりと届いた時、

僕はハタと思いついた。


「彼女の実家って・・・・何処?」


「えっ?なんで?」


「うん・・・・・・・・・・会って話したい事があって・・・。」


「なによ、私ストーカーの片棒は担がないわよ。」


「違うよ、ストーカーじゃないよ・・・・。」


「だって、〇〇〇、家の場所言わなかったんでしょ?

 だったら、私が言っちゃうのって、駄目なんじゃない?」


たしかに、そうかも・・・・。考えてなかったけど・・・。

でも、僕は彼女に繋がる手がかりが、切れたと思った手がかりが見つかって

どうしても、それに縋りたかった。


「わかった。じゃぁ、〇〇〇に聞いてみて。

 もし、〇〇〇に連絡して、彼女が言っても良いって言ったらでいいから、

 僕に彼女の居場所を教えて欲しいんだ。」


僕は手に持っていたノートの一部を無造作に破いて、

僕の電話番号を書いて渡した。


「これ、僕の連絡先だから。頼むよ・・・もし彼女が良いっていったら、

 連絡して・・・。どうしても、彼女に会って伝えたい事があるんだ・・・・。」


僕は多分、この時必死だった。

相手が僕の事を胡散臭いと思ったかもしれないというのは、

頭のどこにも浮かんではこなかった。


ただ、彼女に会いたい・・・・それだけの行動だったから。


「分かった。一度聞いてみるね。

 もし彼女が駄目だって言ったら、悪いけど頼みは受けられないから」


「うん。分かった・・・・」


ただ一つの希望に、僕は縋った。


     ★ ★


「〇〇さん・・・・」


「うん・・・・・・来ちゃった」


久し振りに会った彼女は、別れた時と同じ。何も変わっていない。

ただ、久し振りの逢瀬に、僕の胸は高鳴っていた。


ドキドキと脈打つ動悸を体で感じながら

『あ~。僕は彼女が好きなんだなぁ・・・・』

何処か他人事の様に感じながら、彼女の顔を見れた喜びと

嬉しさに、体が震えた。


「ごめんね・・・・突然来ちゃって・・・」


「ううん・・・・来てくれて、ありがとう・・・」


彼女は笑って言ってくれた。ただ、どこか寂しそうで辛そうな笑顔だ。

僕と会っていた時にみた彼女の笑顔とは違う。


「ほんとごめん・・・・・こんな突然。迷惑だってわかってるんだ・・・

 けど・・・・・」


「違うの・・・・迷惑じゃない。こんなに遠くまで来てくれて、

 本当に・・・・・本当にありがとう・・・・」


彼女は深々と頭を下げる。

彼女の着ている服と、その背後に見える風景に、

何処か遠い世界の人の様に見えて・・・・

僕はただ見つめるしかできない。


彼女の実家は、都内から見ると遥か南。

沖縄に近い小さな島だった。


人は彼女の家族とその世話をしている人達が住んでいて、

殆どが本島との連絡船で行き来している・・・・

そんな場所だった。


そして、ここが他と変わっているのは、

この島全体が、信仰の場所であるということ。

彼女の家は、この島を代々守る宮司で、彼女はそこの出だと

いうのだ。


僕の前に現れた彼女は、僕が会っていた彼女とは

雰囲気が違う。勿論、着ている服も違う。


彼女は巫女さんの様な恰好をしていた。


それが、一体どういう名前なのかはしらないけれど、

とにかく巫女さんの様だな・・・と思った。

だって、神社で白の衣装って言ったら、

巫女さんしか僕は思い浮かばなかったから・・・。


でも、ちょっと違うのは、彼女は袴ではなく

上下白の装束を着ているということだった。

黒髪は白い和紙の様な髪飾りでまとめられ

禊を受けている様な恰好だ。


「似合ってるね・・・・・」


もう少し気の利いた言葉でも掛けれれば良かったけど、

それしか言えない。


彼女は

「そう・・・・・・ありがとう・・・」


そういって微笑んだ。


 ★  ★


「〇〇さん・・・・・せっかく来てもらって、本当に嬉しいんだけど・・・

急いで帰った方がいいと思うの・・・・。」


「えっ?」


彼女の家の、居間に通された僕は、

彼女とテーブルを挟んだ向かい側に座り、

出された麦茶を飲みだから、彼女の言葉に過敏に反応した。


「なんで・・・・迷惑だったかな・・・やっぱり」


そんな事、いちいち言わなくったってわかってはいたけれど、

バツが悪くて、僕は敢えて口に出すことで、その場を誤魔化そうとした。


そもそも、彼女は僕に会えないからと電話で別れを告げたぐらいだ。

その別れを告げた相手が目の前に、しかも実家まで押しかけてきて

どれだけ迷惑かなんて、考えなくても分かる。


彼女は優しいから言わないけど、

僕はそんな事分かってたけど・・・・それでも、どうしても会って

聞いてみたかったんだ。


「ごめんね、うん。分かってるんだ、迷惑だってこと・・・。

 でも、電話で突然だったから・・・・嫌われたって事わかってるけど

 だとしたら、やっぱり一度会って、ハッキリした方がいいかな・・って

 その方が僕も諦めつくし・・・・。


 僕の勝手な願いなんだってことはわかってる。

 迷惑を考えない、空気を読めない奴だってことも・・・。

 でも・・・・ごめん。どーしても、僕は・・・・」


「ごめんなさい・・・・・・・・〇〇さんのせいじゃないの・・・

 私・・・・・・」


「うん・・・・・・・」


「私・・・・・・〇〇さんが嫌いで戻ってきたんじゃないの」


「うん・・・・」


「でも、どーしても戻らなくちゃならなくて・・・・・」


「うん・・・」


「直接会って言えば良かったんだけど、でも、上手く言える事が

 出来ないのは分かってたし・・・・言いたくなかった・・・」


「うん・・・・・分かってる」


「ううん。分かってない。違う、分かってないじゃなくて、

 分かる訳ないの・・・・だって、私・・・・」


「だって・・・・・・・・なに?」


彼女がテーブルの下の手をギュうっと握りしめているのが

分かった。


理由は・・・・・何だか分からないけれど・・・・

こんなに言いたくないのに言わせていいのか・・・。


僕は俯いた彼女がギュッと噛みしめた唇を見て、迷っていた。


聞きたい・・・けれど、言わせていいのか・・・。


本当に迷った。そして、僕は自分の気持ちを優先して、

こんなに苦しい表情を彼女に浮かべさせた事を、凄く申し訳ないと

思った。


「いいよ・・・・・・ごめん。言いたくないから、電話にしたんだよね。

 ははっ・・・・・分かってるんだ。うん・・・・分かってる。

 困らせてごめん・・・・・・本当に・・・・」


僕は、苦しい表情を浮かべる彼女を見ていられなくて、

視線を下に落とした。


彼女に会えて後悔はしてない。

でも彼女を苦しめた事は後悔してる。


自分本位で考えてごめんね・・・・僕は心の中でそっと呟いて、

意を決して顔を上げた。


「分かった・・・・・一度だけでも、君に会いたかっただけだから。

 次の船が来たら僕は帰るから・・・・・。

 本当に・・・・ごめん。・・・・じゃぁ・・・・」


僕は立ち上がろうと腰を浮かすと


「待って!・・・・・違うの・・・・・〇〇さんが迷惑だったんじゃないの・・。

 私は・・・・・・あなたに言っていなかった事があるの。

 言えなかったの・・・・言いたくなかったの・・・・」


顔を上げて僕をひきとめた彼女は涙を浮かべていて、

必死な顔で言葉を口にした。


僕は中途半端に腰を浮かせたままで、

見上げる彼女を見返すと、彼女はゆっくりと口を開いて・・・


「・・・・・・私・・・・・・人間じゃないの・・・・」


「はっ?」


涙を流して言葉を紡ぐ彼女に、僕は抜けな顔で

見つめ返した。



※※※


長くなったので、ここで区切ります・・・・・。


小説ではありません。はい。

これは夢の中の話なのです。


ちなみにこの時の私は、この「僕」なんですよ・・・・。


続きは後程。




そして、彼女の後ろにはお社と、大きな大木が見える。