11月22日良い夫婦の日に実家のアイドル、華子ちゃんが亡くなりました。
里親の会から実家に来て約10年、大切な家族でした。
華子は4年程前から癲癇(てんかん)で月に一度大きい発作がありました。
そのたび父が壁や物に頭をぶつけないように、華子の体を囲って守っていた。
発作の前は多分ものすごく頭が痛かったんだと思う。
父と母は子供を亡くしたのと同じ、特に父は華子を溺愛していたので相当に辛いと思う。
母も仕事には行ってるけど、家では泣きっ放しと言っていた。
そして
太郎(長男)は華子のいそうな所を時々探してるって、それを聞くとまた辛い。
亡くなった翌日、父と主人と私で火葬するので最後のお別れをした。
母は仕事が休めなくてこれなかったんだ。
父は火葬場にいる間、職員さんを捉まえては話をしていた。
もう普通でいられないよね。
職員さんも気持ちのあるいい人でね助かった。
華子は母の使用していた母の臭いのついた綺麗なピンクの毛布で包んだ。
中には母の用意したお花と私たちは長野で買って来て寄せ植えしていた花を摘んできたのを入れた。
亡くなる前日の夜からずっと発作で朝ごはんを食べていなかった。
父がお腹空いているどろうからと小袋のドックフードを用意して、おやつと写真も入れてあげた。
天国にいったからもう癲癇もないだろうし、頭も痛くならないでしょう。
生クリームたっぷりのケーキやバターが沢山入ったお菓子など、華子が大好きだったお菓子も食べ放題だよねきっと・・・。
今頃はお花畑を走り回っているのかな?
本当に何を書いていいかわからないけど、でも書かなきゃと思ったのね。
もう華子に会えないと思うと涙止まらない。
寝ようとすると華子の姿が思い出されて泣いている。
そうすると横になってるのに頭がクラクラして気持ち悪くなるの。
だから仕事の事とか考えながら寝たりして。
私の妹、華子とは色々な思い出があるから絶対忘れない。
いつか私達もそっちにいくから待っててね。
癲癇で苦しんだ分、今はゆっくり休んで。
華子と出会えて良かった。
うちに来てくれてありがとう。

里親の会から実家に来て約10年、大切な家族でした。
華子は4年程前から癲癇(てんかん)で月に一度大きい発作がありました。
そのたび父が壁や物に頭をぶつけないように、華子の体を囲って守っていた。
発作の前は多分ものすごく頭が痛かったんだと思う。
父と母は子供を亡くしたのと同じ、特に父は華子を溺愛していたので相当に辛いと思う。
母も仕事には行ってるけど、家では泣きっ放しと言っていた。
そして
太郎(長男)は華子のいそうな所を時々探してるって、それを聞くとまた辛い。亡くなった翌日、父と主人と私で火葬するので最後のお別れをした。
母は仕事が休めなくてこれなかったんだ。
父は火葬場にいる間、職員さんを捉まえては話をしていた。
もう普通でいられないよね。
職員さんも気持ちのあるいい人でね助かった。
華子は母の使用していた母の臭いのついた綺麗なピンクの毛布で包んだ。
中には母の用意したお花と私たちは長野で買って来て寄せ植えしていた花を摘んできたのを入れた。
亡くなる前日の夜からずっと発作で朝ごはんを食べていなかった。
父がお腹空いているどろうからと小袋のドックフードを用意して、おやつと写真も入れてあげた。
天国にいったからもう癲癇もないだろうし、頭も痛くならないでしょう。
生クリームたっぷりのケーキやバターが沢山入ったお菓子など、華子が大好きだったお菓子も食べ放題だよねきっと・・・。
今頃はお花畑を走り回っているのかな?
本当に何を書いていいかわからないけど、でも書かなきゃと思ったのね。
もう華子に会えないと思うと涙止まらない。
寝ようとすると華子の姿が思い出されて泣いている。
そうすると横になってるのに頭がクラクラして気持ち悪くなるの。
だから仕事の事とか考えながら寝たりして。
私の妹、華子とは色々な思い出があるから絶対忘れない。
いつか私達もそっちにいくから待っててね。
癲癇で苦しんだ分、今はゆっくり休んで。
華子と出会えて良かった。
うちに来てくれてありがとう。





な香り。




したんだ。
に
が出たんだよ。