こんにちは!りさっぺです

最近、寒い時期が続いておりますね(>_<)
風邪やインフルエンザに気をつけてください
私は、注射が嫌いなのでインフルエンザの予防接種はしないのですが、全くなってません(小2以来(笑))たぶん予防接種をしても毎年かかってしまう人と、しなくてもかからない人がいるんでしょうね(;´・ω・`)
まあ油断大敵ということで、私も勿論手洗いうがいはちゃんとしてます!当たり前か(笑)
で、まず本題に入る前に
先週のアニメ
ポケモンで好きなシーン
紹介したいと思います!!前回はすごく素敵な内容でしたね

まず絵が綺麗!!!


この二枚は本当に綺麗で感動しました



そしてサトセレ回にも関わらず!笑
やはり私はここですね♡
シトロンオルゴールーーーーー!!!
欲しいです。

ロケット団もなんだかんだあげるっていう、温かい一面も♡
ということで、今週も楽しみですね(*^ω^*)
で、今日記事に書きたいのは
「戦後の日本について」です!
あの春休み宣言から時が過ぎ、現代史マスターにはまだなってないですが(笑)
教授から勧められた通史の本において、ある一人の女性について書きたいと思います(^ω^)需要はないかと思いますが、やっぱり日本を知るって日本人にとって一番大切なことだと思いますので!
ざっーとでもよいので読んでいただけたら嬉しいです(*^ω^*)
皆さんは高橋フサさんの話を聞いたことはありますか?
彼女は、勤労動員として戦中工場で働かされていました。勤労動員とは、成年男性が軍隊にとらわれて働き手がいなくなったので、その代わりに学生や女性が働かされたことです。
で、ここまで聞くと
「うわ~まだ、学生なのに工場で働かされてるなんて可愛そう…だってだって、戦中の工場なんて労働基準法もまだないんだから、ぜったい劣悪な環境での肉体労働でしょ…本当にかわいそうに…」
って思いませんか?いや、これは私が思ったことなんですが(笑)
でも実は当時17歳だった彼女、勤労動員が決まった時
「やったーー!!やっとお国のために働ける!!」
と喜んだそうです。
今の若者でも、バイトが決まったら
「やった!バイト決まった!まじ嬉しい!」とかってTwitterに上げたりしますよね?(笑)
でもおそらく、今の私達はバイト=お金だったりもしくはバイト=やりたかった仕事のどちらかだと思うんです。
高橋フサさんは後者だったわけですが、
「大好きなカフェに受かった
」「大好きなお国のために働ける」
とはそもそも何かが違うというのは皆さんわかると思います。
当時のフサさんは、完全に日本政府の軍国主義に洗脳されていたんだと思います。それは何によってかはもうお分かりですよね?教育によってです。当時の子供にとって何が正しいことで、何が間違っていることかということは、自分自身で決められることではありません。
学校の先生が、「日本の戦争は正しいことだ!お国のために働けるような人間に将来なりなさい」と言っていたらそれが、正しいことなのです。
更に当時は、表現の自由が保障されていませんでしたからね、出版の統制などによって雑誌や新聞やら全てが学校の先生と同じことを言ってるんです。
そりゃ、誰だって価値観が固定されてしまうに決まってますよね(;´・ω・`)
そのような背景で、フサさんはしっかりと日本政府の意向に沿った少女として育ったわけです。
なので終戦の日、フサさんは日記に「くやしい」「泣けてくる」「我が国の屈辱」と書いています。当たり前ですね。
そんな彼女はこれからどう生きていったのか。日本の敗戦を悔やみ続け、墨塗りされた教科書を投げ捨て「昔の教科書が正しいんだ!」と言う人生だったのでしょうか?気になりますよね?(うんうん)
彼女は戦後、2つの重要な体験をします。
1つ目
1949年、敗戦の日から4年ほど経った頃です。祖父がある日突然、フサさんの旦那さんを勝手に決めてきてましまいました

今でもそういう家庭が少なからずあるのではないでしょうか?
「ちょっとお父さん!勝手にお見合い相手決めないでよ…」みたいな。
お見合い相手位なら良いですが、結婚を決めてきてしまったのだからもうおこ!ですよね(笑)
フサさんは相当嫌だったそうで、結婚式直前に髷が結えないように髪を短く切って抵抗したそうです(笑)
2つ目
隣の農家に嫁いだ妹が死んでしまったことです。妹は、妊娠しているにも関わらず、過度な農業をせざるを得なく(当時嫁の立場は低く、夫や姑に従うしかなかった)体調を崩し医者に見せるのが遅れ亡くなってしまいました。
この2つの出来事がフサさんの転機になりました。両方とも、女性の地位が低かったことに原因があると考え、若い女性たちに呼びかけ、1955年グループを作りました。
女性の地位は、強い人の言葉に従ったり、権力を持った人の振る舞いに黙っていたりするだけでは改善されない。
それを変えるためには、女性たちだけで自由に話し合うことのできるグループが必要だと考えたのです。
この時、フサさんは勤労動員だった頃の自分を振り返ります。
そして、自分が協力し支えていた戦争というものは、至るところに被害をもたらしたということを理解し、二度と戦争は起こしてはないけないものだと思うようになりました。
では、二度と戦争を起こさないためにはどうすればよいのか?それは、強い人の言葉に従わず、自分で考え、意見を言えることが大事であり、そのために自由に話し合える場を自ら作り出すことが大切であると考えました。
フサさんは、勤労動員の頃の自分から正しい考え方、価値観をようやく持てるように成長しました。良かったですね!
やはり、上の者に指示されて動かされたら誤った道に行ってしまった時、だれも止められないんです。
個々の国民がきちんとした考えや意思を持つことが平和へとつながると思います。
二度と戦争が日本で起きないことを祈っています!そのために、過去の過ちすなわち日本の歴史をできるだけ多くの方に振り返っていただきたいなと思います。
最後に、1954年に小学6年生の女の子によって書かれた詩をご紹介します。
「まど」
まどから外を見る。
まどからは何でも見える。山、川、空、生活、すべての世の中が全部見える。
まどから外を見ると世の中が大変大きく見える
一人一人すべての人がばらばらに別れてはいないはずだ
一人一人のものが一本の大木一枚の葉につらなっている
そうして世の中の人がみんな手をつなぐため
それぞれあのように生活をし働いているのだ。
私はこの世の中に生きている。
戦争の起こるような、むごたらしい世の中を、明るく楽しい世の中になるよう築きあげていくのだ。
私は世の中へ
次のうまれてくる人達のために、うまれてきたのだ
思わず小学生が書いたとは思えない詩に、唖然としてしまいました。涙が出てきました。さあ、明日も頑張ろう。
最後まで読んでいただきありがとうございました(*^ω^*)
りさっぺ


きーまんとキモリ