図書館でみつけた一生の宝物
私が通っていたカナダのブリティッシュ・コロンビア大学(UBC)というところは、キャンパス内に大小20以上の図書館があって、格調高いところ、倉庫みたいなところ、広いところ、狭いところと種類もいろいろ。同級生に見つからずに“ガリ勉”するには絶好の隠れ家だった。今は収蔵資料の重要性が認められ、ユネスコの「カナダ版世界の記憶」として登録されているらしい。
数多くの図書館のなかでも私が気に入っていたのは、学生ユニオンからそう遠くない中規模の近代図書館だ。そこには膨大なLPレコードのコレクションと視聴ブースがあった。宿題で一杯になった脳ミソを空っぽにしたいとき、そこは最高の場所だった。みんな図書館には勉強をしに来ているもので、音楽ライブラリーには「人がほとんど来ない」というのも好都合だった。
コレクションはクラシック音楽がメインなのだが、レコードケースの説明はドイツ語とかロシア語とかが多く「これはベートーベンの顔だから、きっとベートーベンの曲だろう」ぐらいのことしかわからない。そんな中に1枚だけあったのが、日本の東芝EMIが出した盤。チャイコフスキーのバイオリン協奏曲で、演奏者は白黒写真しかないブロニスラフ・フーベルマンというバイオリニストだった。
好きな曲だったので気軽に聴き始めたのだが、演奏が始まるや否や、動けなくなってしまった。まるで雷に脳天を直撃されたような衝撃だった。甘く囁いては突き放す、今で言えばツンデレな導入。「この高みまで登って来られるものなら来てみろよ」と、挑発するような超絶技巧。もう第一楽章だけで完全に彼の虜になってしまった。
フーベルマンは1882年にポーランドで生まれたユダヤ人。第二次世界大戦前夜あたりで最も脂ののったバイオリニストだった。早熟な才能で、若い頃から「天才」と認められて厚遇されてもいたが、その出自ゆえに戦前・戦中は苦労も多かったようだ。ナチスに抗議して本拠地だったドイツを後にし、戦中・戦後はアメリカで活動していたという。
彼の演奏は、なんというか「泥臭い」。本当にクラシックが大好きでバイオリンを聞きなれている人からすると、彼の曲芸的な、媚びたような弾き方は「帽子を回して日銭を稼ぐ」大道芸的なものに響くかもしれない。でも、私は「そこ」が大好きなのだ。確実に「聞く者」を意識して、最大限に楽しませようというサービス精神。自分も一緒に、燃え尽きるまで楽しもうというデカダンス。彼の演奏には飽きることがない。
よく「留学して何がよかったか?」と聞かれるのだが、「上位3つまで挙げるとすれば」という前置きで、必ずこの「UBCの図書館でみつけた、フーベルマンのLP」の話をすることにしている。
↓1929年の録音のリマスター。絶品です!
図書館の思い出ある?
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