昨日は僕が主催する月1回の小学生キャンプの日。
いつも子ども10人くらいなのだが、今日は3人。全員小学5年生男子。

スタッフは僕と、大学の元同級生で今はプロのパントマイミスト(パントマイムをする人)である金子という男。
彼は根っからのエンターテイナー気質で、常に何か面白い言動をしている。
今日も朝から「雨雲と戦う男」を身ぶり手ぶりで子どもの前で演じたあと「親父が小さい頃クワで足の指を切ってしまった話」などのおもしろエピソードををしゃべり続け、子ども達から爆笑をとっていた。そんな調子で彼は自然と常に場を盛り上げる。子どもからも大人気。

僕の主催するキャンプでは子どもの「やりたい!」という気持ちをもとに活動を進めていく。
好奇心を起点に体をつかって遊び、学び、生活体験を重ねていくことを大切にしている。

さて、冒頭の金子が僕のキャンプ来るととても盛り上がる。盛り上がるのだけれど、少し盛り上がりすぎるところがある。
金子の言動を見た子どもたちは彼に夢中になり、「もっと面白い話して!」とか「金子をやっつけろ!」とかなってしまう。要は肝心の好奇心がすべて金子に持っていかれてしまうのだ。

子ども同士での遊びを「うす味」に例えるならば大人が子どもを盛り上げて遊ぶのはとっても「濃い味」だ。大人の刺激的なエンターテイメントの前では、うす味の微妙なおいしさなど感じなくなってしまう。


これはうす味、濃い味、どちらが良くてどちらが悪いという話ではない。子どもの育ちを応援する大人としてその場にいる時、目の前の子にどういう体験をつくってあげようということを考えながらやっていった方が、より深い支援が出来るのではないかと思う。


ちなみにキャンプのあと、金子にその話をしたら「俺が楽しくなってつい一緒になって遊んじゃったよねぇ。テヘヘ。」と言っていた。愛嬌のある男だ。