戦慄が走った。人間は、知恵を手に入れ、その代償として死を知らされた。
自分が有限のものであると知ってしまった。その最も古い恐怖が、わたしを襲った。同時に、今、目の前を過ぎ行く一瞬一瞬がたまらなく愛しいものとなった。「...こんな大事なものを、わたしはどう扱って来たのだろう」
手をついて何かにあやまりたくなった。

北村薫 著    ターンより


なかなか自分が有限のものであるということは実感しづらいものです。
失うかもしれないと思って始めて、一瞬一瞬を大切にできるのではないでしょうか?
本当に明日は何があるか分からない、そう思って一日一日を大事にして生きたいものです。
まだ遅くない。可及的速やかに客観的な意見を仰ぎ、あり得べき別の人生へと脱出しよう。


森見登美彦著 四畳半神話体系より

自分で自分が分からなくなってしまった時は、やはり客観的な意見を耳にしたほうが、
「何をすればいいか」ということが、はっきりしてくるかもしれません。
幸運に思っている出会い
そしてそれを経て知ってゆく感情
その幾つもが
どこにいても消える事のない灯をくれるんだ

あきづき空太 著    赤髪の白雪姫より
プロであるという自意識が過剰になり、己の物差しを過信してしまうと、かえって視野が狭くなってしまうことがありますが、多くの経験をし、「過信の怖さ」を骨身に沁みて知っている人には静かな謙虚さがあって、私はそういう人に強い魅力を感じるのです。


上橋菜穂子著  神の守り人 文庫版あとがき「プロフェッショナルの魅力」より
全幅の信頼を受けるというのは、恐ろしいことです。
完全な人間などいませんし、プロでも失敗することはあるでしょう。
それに、物事には不測の事態というものがつきものですから、知識や能力に加えて、
どんな事態にも対応できる柔軟さが必要で、さらには、仕事の総体という「構造物」の屋台骨を支える覚悟がなければ務まりません。
そういう修羅場を幾度も踏んでいくうちに、責任を負うのを当然のこととして、どんな状況にも立っていられるようになっていくのではないでしょうか。
そうやって仕事に磨かれて、自分に出来る事と出来ない事を悟るようになった人は、甘い幻想に逃げることをせず、淡々と、自分が出来ることを成し遂げていけるのではないかと思うのです。


上橋菜穂子著  神の守り人 文庫版あとがき「プロフェッショナルの魅力」より



この言葉を読むと生半可な気持ちでプロを名乗ろうなんて思えなくなります。やはりプロであるという基準は自分で決めるものでなく、他の人から見てプロと思われれば、本当のプロとなるのではないでしょうか?
プロとなる道は険しいですが、どんな状況でも立っていられるような人になりたいものです。