昭和40年代男★けんぢのブログ -34ページ目

昭和40年代男★けんぢのブログ

日常の出来事から趣味の音楽や模型の事・・・、特に角松敏生とスペクトラムが好みデス。

今日のお昼の地震はビックリしましたねあせる

 

大阪(住吉区)でもかなり揺れて、3.11を思い出しました。

 

 

 

地震のニュースを確認しようと、PCのブラウザを立ち上げると・・・

 

 

『漫画家男性 自転車で転倒死か』の文字が飛び込んで来た。

 

僕は、ここ30年くらいは、まったく漫画を読まない人なので、

 

「漫画家って言っても知らない人だろう・・・」と思いながらも

 

記事をクリックしてみた・・・。

 

『県警高田署の発表では、大阪府守口市の漫画家小路啓之(しょうじひろゆき)さん(46)。』

 

 

絶句した・・・。

 

20数年前、一緒の会社で働いていた奴だった。

 

最初は、同じ名前なだけ・・・とも思ったけど、

 

守口市・・・

 

漫画家・・・

 

小路啓之・・ ・

 

46歳・・・

 

というとアイツしかいない。

 

20数年前、社会人になって同じ配属先に配置されて、

 

僕も小路もあまりその仕事には向いてなくて、

 

いつもアニメか恋愛の話をしてたなぁ・・・。

 

『いつか漫画家になる』・・・まさかその夢を実現していたなんて。

 

驚きと同時に今更ながら尊敬さえする。

 

いつだったか、走り書きしたイラストが書かれたノートを

 

見せてもらった事があって、独特なタッチに

 

当時の僕はついて行けなかった。

 

会社の行き帰りの電車の中でも、よく一緒だったし、

 

いくつかの想い出のエピソードもあるなぁ・・・。

 

固定のファンに人もいらっしゃったようなので、

 

ここで書ける範囲のエピソードを紹介します。

 

 

ネットでも小路(僕はしょうちゃんと呼んでました)の写真は

 

出てくるみたいですが、パーマのロンゲは当時からです。

 

その前は、パーマではなかったのですが、まあまあ長い髪でした。

 

いつも上から下まで“黒づくめ”。

 

ナルシストを絵に描いたようなヤツでした。

 

一見、近寄り難い感じ、時折見せる一面が

 

独特の世界観で“猟奇的”であったり、コミカルであったり、

 

どこにでもいるごく普通の男でもあったり・・・

 

でも、一言でいうと“変わった奴”でした。

 

夢を叶えて、漫画家になって・・・

 

自転車事故で帰らぬ人になって・・・。

 

まだ早過ぎるやろ・・・。

 

今は、しょうちゃんとの想い出が、走馬灯の様に駆け巡ってます。